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異世界でも科学は役に立つ!!  作者: ANK
第三章:竜人族の秘密
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-第三十七話:忘却の記録庫-

 扉をくぐった瞬間、世界の輪郭が消えた。


 そこには、常夜のような空間が広がっていた。天も地も判別できず、淡い青白い光が霧となって漂っている。光源は見当たらない。にもかかわらず、闇ではない。目を凝らすほどに、光は濃淡を持って揺らいでいた。


 足元を見下ろすと、何もない。虚空が続いているはずだった。だが、恐る恐る踏み出した足は、確かに“地”を捉えた。


 重力がある。感触もある。それなのに、身体はわずかに浮遊しているような感覚に包まれ、前へ前へと、抗いがたく導かれていく。


 ――これは、道なのか。

 それとも、意思そのものか。


 もはや、彼ら竜人族の魔法がどのような原理で成り立っているのか、私には理解できなかった。理解しようとする思考そのものが、ここでは的外れなのかもしれない。


 「……ここが、“クルゥ・メ=ルナ”……?」


 自分の声が、霧に溶けるように消えた、そのとき。


 前方で、ゆらりと光が揺れた。


 霧が収束し、やがて半径一メートルほどの鉄球が姿を現す。傷一つない、完全な球体。鈍く周囲の光を反射しながら、音もなく宙に浮かんでいた。金属でありながら、冷たさよりも、むしろ生き物めいた圧を感じる。


 次の瞬間――


 世界が、光に呑み込まれた。


 **


 ――視界が開けたとき、私は古びた石畳の上に立っていた。


 空を仰ぐ。

 二つの太陽が、爛々と輝いている。


 胸が、ざわりと波立った。


 目の前には一本の大樹がそびえ立っている。幹は太く、枝は天を覆い、根は大地を抱くように広がっている。


 見覚えが、あった。


 ――母なる巨木だ。


 世界樹の幹を囲むように、木造の橋が幾重にも張り巡らされ、その途中途中に家屋らしき建造物が連なっている。人の営みが、樹と一体となって存在していた。


 「……三百年前の世界か……!?」


 思わず声が漏れる。


 巨木の周囲には、猿人族が暮らしていた。笑い声。作業の掛け声。子どもたちが橋を駆け回る音。


 ――燃やされる前の世界。

 穏やかで、疑いの余地なく“生きている”光景だった。


 だが。


 空が、裂けた。


 唐突に、天が悲鳴を上げるように割れ、黒き炎が降り注ぐ。巨木が、轟音とともに焼き尽くされていく。


 現れたのは、巨大な龍。


 黒曜石のような鱗。灼熱の炎を纏い、その周囲には無数の“火の粉”が漂っている。見るだけで、理解してしまう。これは、抗えぬ存在だと。


 「“炎の龍”……!」


 呟いた瞬間、視界は引き裂かれるように切り替わった。


 東の大地。病を振り撒くもの。

 西の山脈。岩ごと溶かすもの。

 北の海。波と命を蹂躙するもの。


 四体の災獣。


 世界は、同時に四方向から蝕まれていった。

 そして――四つの世界樹が、次々と活動を止めていく。


 ――それでも。


 災獣の直接被害を免れた土地では、人々は普段通りの生活を続けていた。

 だが、一年ほどが過ぎた頃。


 突如として、世界中の植物が枯れ始めた。

 野生動物の大量死。

 原因不明の病に倒れる人型種族――。


 ――そして、視界は変わる。


 中央に映し出されたのは、竜人たちの会議。

 張り詰めた空気。沈黙に重なる絶望。


 「魔力が尽きれば、この星の生命は須らく死ぬ。世界樹の再生は、もはや叶わぬ。ならば……魔力の消費を止めるしかない。」


 「そのためには、魔力消費量が多く、繁殖力の高い生物の数を、一定以下に抑えなければならない。」


 「つまり……」


 言葉の続きを、私は聞く前から理解してしまった。


 卓の隅に、若き日のジル=エグニスがいた。

 今よりも激情に満ち、仲間の死と世界の終焉を前に、逃げ場を失った眼差し。


 私は、その場に膝をついた。


 「……そんな……」


 喉が、ひくりと鳴る。


 「……それで……殺してきたのか……」


 震える声で、なおも続ける。


 「でも……それでも……永遠じゃない……魔力は……減り続ける……」


 記録の最後。

 黒い光に包まれた、一人の“紅瞳”の少女。


 彼女から伸びた黒い光の柱が天を突き、空が裂ける。


 『お願い……誰か、この星を……救って……』


 その声は、祈りだったのか、呪いだったのか。


 **


 光が収束し、私は再び霧の中に立っていた。周囲の気配が変わり、鉄球が再び浮かび上がる。


 「汝は、過去を知った。生き残るために行われた犠牲と、その代償を。」


 突然、鉄球から声が発せられた。


 一瞬、身体が強張る。だが、私は立ち上がり、拳を強く握りしめた。


 「私は……探す。」


 胸の奥から、言葉が湧き上がる。


 「過去の犠牲の上に、同じ未来を繰り返さない道を。」


 鉄球は、それ以上何も言わず、静かに消えた。


 霧が、ゆっくりと晴れていく。


 私は、神殿へと続く帰り道を歩き始めた。


 ――知ってしまった以上、戻ることはできない。

 だが、知ったからこそ、進める場所がある。


 その確信だけを胸に。


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