-第三十五話: 記憶より甦る焰-
集落の中心に聳える巨木へと続く橋は、霧と魔力の流れの中にかすかに浮かび上がっていた。橋そのものが生きているかのようにわずかに脈動し、歩くたびに足元に青白い光が広がる。案内する竜人たちは言葉を発さず、ただ静かに先導していた。
やがて辿り着いたのは、巨木の内部に設けられた神殿のような空間だった。天井は高く、淡く輝く蔦がうねるように絡み、空間の中心には石の壇があった。壇の奥に、雷のごとき気配を纏う存在が静かに立っていた。
「ジル=エグニス……」
ラウウルが呟いた名の通り、そこにいたのは先日、天から雷をもって襲いかかってきたあの竜人だった。赤銅色の鱗に包まれ、鋭い双角を戴くその姿は威厳に満ち、眼差しには燃えさしのような激情が潜んでいる。
「……名を」
低く響く声が空間を揺らす。
俺はわずかに身を固くしながら答えた。
「俺は蒼。こっちはラウウル。旅の途中だった……ただ、それだけだ。」
ジル=エグニスは沈黙の後、ラウウルへと視線を移す。その瞬間、空気がわずかに緊張した。
「お前……“視える”のか。魔力が…。」
ラウウルは驚いたように目を見開き、そして小さく頷いた。
「……うん。昔から、見えていた。」
「ならば、なぜ気づかない? お前がその目で見てきたものこそ、災厄の記憶だと。」
「災厄……?」
ジルの手がわずかに動くと、神殿の中央にある魔力の石が淡く輝いた。その光は空中に映像を映し出す。それは、焼け落ちる森、悲鳴を上げる猿人たち、天を裂くように降り注ぐ炎の魔力――。“炎の龍”の襲撃の映像だ。
「これはお前たちが沈めた龍の記憶。奴は森も、民も、時さえも焼き尽くした。その災厄の源は、“視える者”だった。」
蒼は息を呑んだ。ラウウルの顔が蒼白になる。
「……それって、俺が……?」
「違う。お前ではない。だが同じものを継ぐ者だ。だからこそ、我らは“視える者”を警戒する。まだ終わらぬ同じ悲劇が起こらぬようにな。」
言葉に含まれる重みは、単なる敵意でも差別でもなかった。そこには、長きにわたる痛みと恐れ、そして戒めのようなものがあった。
「だが、お前たちは災獣の一つを沈め、巨木を再生させた。我々にはできなかったことだ。」
ジル=エグニスは視線を蒼に向けた。
「蒼。お前は未知なる魔法を使うらしいな。我ら竜人族の叡智に、似ている技だ。……だが違う。お前の知が何をもたらすのか、見極めねばならぬ。」
彼は右手をかざす。すると神殿の奥に、閉ざされた門が現れた。
「“クルゥ・メ=ルナ”。300年前の記憶が眠る場所。我らの真実と業を知りたければ、そこへ行け。我の口から語るより良いだろう。」
俺とラウウルは顔を見合わせる。退路はない。それでも俺は、口元をわずかに引き締めて言った。
「わかった。行こう、ラウウル。」
「……うん。知るべきことなら、逃げないよ。」
再び霧が漂う中、俺たちは神殿を後にし、未知の扉へと歩き出した。道しるべは霞の中に。真実は、記憶の奥底に沈んでいた。




