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異世界でも科学は役に立つ!!  作者: ANK
第三章:竜人族の秘密
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-第三十五話:霧の道しるべ-

 淡い霧の中、どこか遠くで、水の滴る音がしていた。

 一定の間隔で、ぽたり、ぽたりと落ちるその音が、やけに大きく感じられる。意識の底で、それが現実なのか夢なのか、判別がつかない。


 目を開けると、視界は白く滲み、焦点が合わなかった。頭の奥が軋むように痛み、思考がうまく繋がらない。


 「……ここは……?」


 声を出したつもりだったが、かすれて、霧に溶けていくようだった。

 蒼はゆっくりと上体を起こす。わずかな動きだけで、頭痛が鋭く脈打つ。反射的に歯を食いしばり、呼吸を整えた。


 床に触れた手のひらが、ひやりと冷たい。

 金属のようでありながら、石のようでもある。だが、そのどちらとも決定的に違う感触だった。滑らかで、継ぎ目がなく、緩やかな曲面を描いている。意図的に、完璧な形へと整えられた素材。


 天井は半球状のドーム。

 その縁から、微かな光が滲むように差し込んでいた。照らすというより、輪郭を示すためだけの光。影は柔らかく、だが逃げ場がない。


 ここは洞窟のようでもあり、しかし自然物であるはずがなかった。岩を削ったのではない。組み上げたのでもない。まるで、金属そのものを“育てた”かのような、異様な精緻さがある。


 「ラウウル……!」


 胸の奥が冷たくなる。

 蒼は慌てて周囲を見回した。視界の端、壁際に小さく丸まった影がある。近づくと、それが少年の姿だと分かった。服はところどころ焦げ、布が硬く焼き付いている。それでも――


 「……呼吸してる……」


 胸が、わずかに上下している。

 生きている。その事実だけで、膝から力が抜けそうになった。


 「よかった……生きている。」


 安堵の息を吐いた、その直後だった。


 ドームの一部が、音もなく、まるで霧が割れるように開いた。

 金属の擦れる音も、気圧の変化もない。ただ、空間が“許可した”かのように、灰色の影が滑るように現れる。


 「目覚めたか。生体反応は安定しているようだ。」


 猿人族の言葉。

 聞き慣れたはずの言語が、ここではひどく冷たく響いた。


 姿を現したのは、一人の竜人だった。

 背は高く、骨格は細いが無駄がない。鋭く角張った顔立ち、灰色がかった皮膚、そして――金色の瞳。翼は背に畳まれ、鉤爪のついた手のひらには、小さな鉄の球体が浮かんでいる。揺れもせず、回転もせず、完全に制御された鉄。


 「……言葉が通じるのか。」


 思わず漏れた言葉に、竜人は即答した。


 「理解するだけだ。」


 淡々とした声音。

 そこには怒りも、敵意もない。だが同時に、情もない。ただ観察する者の目。蒼は反射的に身構えた。筋肉が強張る。逃げ道を探す思考が、遅れて立ち上がる。


 「ここはどこだ?」


 「霧の道(ヴァース・ノガ)しるべ(=カリユ)。我らが一時の拠点。」


 聞いたことのない地名。

“一時”。ラウウルの話では竜人族は数年に一度住処を移動する。ということは、”霧の道(ヴァース・ノガ)しるべ(=カリユ)”とはキャラバンのような意味合いかもしれない。


 「……なぜ、私たちを殺さなかった?」


 雷撃。

 あの威力を思い出す。あれは明らかに、制圧ではなく殲滅の力だったはずだ。


 竜人は、わずかに沈黙した。

 ほんの数秒。しかし、その間に、空気が張り詰める。


 「お前たちには、聞きたいことがある。それだけだ。」


 理由になっているようで、何も説明していない言葉。


 「お前たちは、なぜ他種族を襲う? ラウウルの集落も……自分たち以外の種族を、皆殺すつもりなのか?」


 その瞬間。

 竜人の金色の瞳が、ほんの僅かに揺れた。


 「……。」


 答えは返らない。

 竜人は踵を返し、音もなく去っていった。ドームの壁が再び閉じ、外界の気配が断たれる。


 蒼は床に手をつき、大きく息を吐いた。

 胸の奥がざわつく。理解できない。意図が見えない。


 「……聞きたいこと、だって?」


 あの雷は、殺意そのものだったはずだ。

 それとも――殺さずに済ませるつもりだったのか?


 そのとき、背後で微かな気配が動いた。


 「……蒼……」


 振り向くと、ラウウルがゆっくりと目を開けていた。意識はまだ朦朧としているが、確かにこちらを見ている。


 「ラウウル!大丈夫か?」


 「うん。ここ、どこ……?」


 「竜人族の集落みたいだ。霧の道(ヴァース・ノガ)しるべ(=カリユ)っていうらしい。」


 ラウウルは体を起こし、霧に包まれた内部を見回す。


 「凄い霧だね……。」


 「雷を浴びたはずなのに……本当に、大丈夫か?」


 「……なんとか。」


 その返事に、少しだけ肩の力が抜けた。だが、安堵は長く続かない。


 ドームの外から、低い振動音が伝わってくる。再び、壁が開いた。

 現れたのは二人の竜人。ひとりは先ほどの観察者。もうひとりは、若い竜人だった。金色の瞳が、真っ直ぐに蒼を射抜く。


 「ジル=エグニス様が、お呼びだ。」


 ラウウルの表情が強張る。


 「あの竜人……さっきのやつだ。」


 竜人たちは無言で道を示す。拒否という選択肢は、最初から存在しなかった。私とラウウルは導かれるまま、ドームを出る。


 外に広がっていたのは、森と霧の中に浮かぶ、幻の都市だった。

 地面は苔に覆われ、湿った霧が足元を流れている。木々の根元には、球状の巣殻のような建造物が並び、中央には巨大な空洞を抱えた巨木が、静かにそびえていた。


 人工と自然の境界が、曖昧な場所。


 「……これが、霧の道(ヴァース・ノガ)しるべ(=カリユ)。」


 ラウウルが、息を詰めるように呟いた。


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