-第三十四話:霧の道しるべ-
淡い霧の中、遠くで水の滴る音がしていた。目を開けると、視界がぼやけ、頭が割れるように痛んだ。
「……ここは……?」
蒼はゆっくりと上体を起こす。床は金属とも石ともつかぬ冷たい素材で、滑らかな曲面を描いている。天井は半球状のドームで、微かな光が縁から差し込んでいた。
そこはまるで洞窟のようでありながら、自然物ではあり得ない精緻さを持っていた。まるで金属を編み込んで育てたかのような構造。
「ラウウル……!」
蒼は慌てて周囲を見回した。視界の端、壁際にうずくまる小さな影があった。少年は服を焦がされながらも、かすかに呼吸している。
「よかった……生きている。」
安堵の息をつく間もなく、ドームの一部が音もなく開き、灰色の影が滑るように現れた。
「目覚めたか。生体反応は安定しているようだ。」
猿人族の言葉で話しかけてきたその声は驚くほど冷静だった。姿を見せたのは、一人の竜人。背は高く、鋭く角張った顔と黄金の瞳。翼を畳み、鉤爪のついた手には小さな水の球体を浮かべている。
「……言葉が通じるのか。」
「理解するだけだ。」
蒼は身構えた。だが相手に敵意は感じられない。ただ淡々と、観察する者の目をしていた。
「ここはどこだ?」
「ヴァース・ノガ=カリユ。我らが一時の拠点。」
「……なぜ、俺たちを殺さなかった?」
竜人はしばし沈黙した後、低く呟いた。
「お前たちには聞きたいことがある。それだけだ。」
意味を測りかねる言葉だったが、蒼は問うた。
「お前たちは、なぜ他種族を襲う? ラウウルの集落も……魔力を持つものを皆、殺す気か?」
その瞬間、竜人の瞳が僅かに揺れた。
「問うな。お前にはまだ、知るべき時ではない。」
そう言い残し、竜人は去っていった。ドームの壁が音もなく閉じる。
蒼は床に手をつきながら息を吐いた。理解できない。不安が胸を締めつける。
「……聞きたいこと? あの雷は、殺す気じゃなかったのか……?」
すると、ラウウルがゆっくりと目を開けた。
「……蒼……ここ、どこ?」
「竜人族の集落みたいだ。ヴァース・ノガ=カリユっていうらしい。」
ラウウルは痛む体を押し起こしながら、周囲を見回した。
「外からは見えない場所……魔力の霧が濃すぎる。ここ、隠されている」
「ラウウル、お前、雷を浴びたはずなのに……大丈夫か?」
「なんとかね。」
その瞬間、ドームの外から振動のような音が響いた。何かが近づいている。
ふたたび壁が開く。今度は二人の竜人がいた。片方は先ほどの観察者。もう一人は若い竜人だった。金色の瞳が、蒼とまっすぐにぶつかる。
「ジル=エグニス様が、お前たちとの面会を希望されている。」
その名に、ラウウルの表情が強張る。
「雷の……あの竜人だ」
竜人たちは無言で手を差し伸べる。拒否の余地はなかった。
蒼とラウウルは導かれるまま、ドームを出た。外に広がっていたのは、まるで森と霧の中に浮かぶ幻の都市だった。地面は苔むし、空には葉脈のように魔力が流れている。球状の巣殻が木々の上に並び、巨大な空洞のある巨木が中央にそびえている。
「……これが、ヴァース・ノガ=カリユ。」
ラウウルが呟いた。




