-第三十三話:雷-
俺たちは北西を目指して空中を移動していた。風魔法を習得したおかげで、ハナウアにたどり着くまでの旅とは移動速度と安全さが格段に向上していた。とは言え、風魔法を使い続けるのには集中力が必要なので30分に一度程度は休息を挟んでいた。
目的地は交易都市「カウパ」。猫人族が築いた都市で、猿人族と狼人族との交易が盛んに行われている。当然俺たちが必要とする多くの情報が集まっているはずだ。
二度目の休憩を終えた後、俺たちは再びカウパに向けて飛び始めたが、北東の方向から黒影が近づいてきた。
「……あれ、鳥か?」
俺は目を細め、遠くの空に浮かぶ黒い影を見つめた。だが、それは風に舞うただの鳥ではなかった。
「違う。羽はあるけど、あれは……ヒトの形だ」
ラウウルが低く呟く。その声には、わずかながら緊張が滲んでいた。風を切って迫ってくるその影は二つ。一対の大きな翼を広げ、鋭い鉤爪のついた脚と尻尾を揺らしていた。鋭角な顔、灰色がかった皮膚、そして金色にぎらつく双眸——それは、まさに地球に存在していたプテラノドンのようだった。
「……竜人族には飛翔種も存在するのか?」
思わず息を呑んだ。空を移動できるのは俺たちとラニ族の専売特許だと思いたかった。だが、今まさに俺たちの目前に現れたそれは、疑いようのない現実だった。
一体が空中で停止し、音もなく口を開いた。
「Ziel prüfen. Sofort sichern.」
冷たい声が大気に響く。その瞬間、もう一体の竜人が動いた。掌を俺たちの方にむけ何かを唱え始めた。
「蒼!あいつ、空気に何か干渉している!気をつけて!」ラウウルが俺に忠告した。
俺は咄嗟に風の魔法で、周囲に窒素の防壁を張る。同時にラウウルに叫んだ。
「散開しろ! 挟まれたら終わる!」
ラウウルは一瞬の躊躇もなく、斜め下方へと滑空する。彼の素早さには信頼を置いていた。しかし、それでも敵の速さには追いつけなかった。
空が裂けるような轟音と共に、雷撃が降り注ぐ。一条は俺の防壁に直撃し、瞬間、視界が白に塗りつぶされた。
「雷だと……!?」
風の膜は一瞬で消し飛び、焼け付くような衝撃が全身を貫く。雷そのものが魔力を帯びていたのだ。内側から破壊されるような痛みに、思わず意識が揺らぐ。
「蒼!」
ラウウルの声が聞こえた。だが、それに応える間もなく、二撃目の雷が空を裂き、ラウウルの飛行軌道を狂わせた。彼の小柄な体がよろめき、空中で回転しながら沈んでいく。
「ラウウル……!」
手を伸ばした瞬間、俺の体も重力に引かれるように傾いた。魔力の制御が効かない。視界の端で、鋭く光る竜人の目がこちらを見据えていた。
そして——意識が、闇に沈んだ。




