-第三十一話:送り火-
俺たちはハナウアに戻った。夜の焚き火を前に、俺とラウウルは肩を並べて座っていた。
負の魔素は、すでに俺たちの手で取り除かれた。それでも、巨木は未だに深い眠りから覚めきっていない。ざわめく枝葉の音が、かすかに痛みを訴えているようだった。
「ねえ、蒼。これで悪い魔素はもう無くなったんだよね……? なのに、どうして……?」
ラウウルが、不安げに俺を見る。
「ああ。詰まりはもう無い。けど……枯れた世界樹が、元の力を取り戻すには、まだ栄養が足りないんだ。」
魔素の循環は回復しつつある。だが、完全ではない。魔力合成が、まだ弱いのだ。
「じゃあ、何をすればいいの?」
「巨木の周りで大量の魔力を消費して魔素を生成する必要がある。それと、適切な量の日光と水も必要だ。」
そのとき、宿家にミーネが入ってきた。俺たちに気づくと、にっこりと微笑む。
「何か困っているのか?」
「……ああ。」俺はうなずく。「巨木は、まだ本当に目覚めてない。何か、一度に魔力を大量に消費する方法はないかと思って……。」
ミーネはしばらく考え込むと、ふっと目を細めた。
「――送り火、だな。」
「送り火……?」
「そう。もともとは、死者を送るための儀式だがな。」ミーネは楽しげに言った。
「ハナウアの人々が一斉に魔法の火を灯し、空へ放つ。大量の魔力を一時に消費できるだろう。」
俺は息を呑んだ。
「私から評議会に掛け合い、みんなに呼びかけよう。――巨木を蘇らせるために、今こそ、火を空へ送ろうって。」
俺たちは思わず顔を見合わせた。
「……お願いします!」
二つの太陽が真上に来る頃。空は雲一つない青空だ。
ハナウアの猿人族たちが、静かに巨木の根元へと集まっていた。ティス、コル、レンたちも、それぞれ手に、小さな火球を抱えている。
ミーネが一歩前に進み出た。
「世界を巡る光よ……古き命に、新たな巡りを。」
彼女の声に合わせ、最初の火球が青空へ放たれる。
ぼうっ、と音を立て、炎のかけらが天へと駆け昇った。続いて、次々に。青、緑、金、紅――さまざまな色の光球が、弧を描き、青空を彩っていく。
ラウウルが俺の袖を引いた。
「蒼! 空気が光で満ちているよ!」
ラウウルが嬉しそうに言う。
新たに生まれた魔素が、夜気に満ち、巨木の皮膚から静かに吸い込まれているはずだ。俺は魔力合成に必要であろう水を巨木の根に少しずつ注いでいく。川から皆んなで運んできた大量の水を水魔法で操る。
巨木が、微かに震えた。
そして──
枯れていた枝先から、ぽつり、ぽつりと、柔らかな葉が芽吹き始めた。葉は淡い青緑色に光り、ひとつ、またひとつと広がっていく。
「……再生が、始まった。」
俺は小さく呟いた。
巨木が新しい魔素を吸い上げ、古い導管を満たし、命を蘇らせていく。
ラウウルが、きらきらと目を輝かせた。
「蒼……! 本当に、世界樹が……!」
「……ああ。」俺は静かにうなずいた。
巨木はみるみるうちに再生し、青々とした昔の姿を取り戻した。




