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異世界でも科学は役に立つ!!  作者: ANK
第二章:世界樹「母なる巨木」
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-第三十一話:詰まりを溶かすもの-

 翌朝、まだ夜露の冷たさが残る土を踏みしめながら、私とラウウルは再び“母なる巨木”の根元に立っていた。空気は澄み、朝靄が低く漂っている。昨夜、焚き火のそばで夜通し交わした議論の余韻が、頭の奥に重く残っていた。


 導き出された仮説は、単純で、だが決定的だった。

 ――“負の魔素”は、魔力合成では分解できない。

 だが、別の状態へと“変換”せることができれば、循環の外に弾き出されたそれを、再び世界の流れに戻せるかもしれない。


 「蒼……本当に、やれると思う?」


 ラウウルが風導笛を胸に抱えたまま、不安を隠しきれない声で尋ねてくる。彼の視線は巨木の根元、そのさらに奥――昨夜“黒い詰まり”を感じ取った場所に向けられていた。


 「やってみなきゃ、分からない。」

 私は正直に答えた。

 「けど……完全な賭けじゃない。ヒントは、もう掴んでる。」


 荷袋を下ろし、私は昨日小瓶に採取した、赤と青の魔素の残りを取り出す。光は淡く、だが確かにそこにある。混ぜ合わせた瞬間、導管に反応が走ったこと――そして、わずかな発熱が生じたこと。その感触が、まだ指先に残っていた。


 「熱はエネルギーだ。」

 私は独り言のように言葉を継ぐ。

 「自然界では、物質が変化する“きっかけ”になる。つまり……“負の魔素”にも、状態を変える余地があるはずなんだ。」


 「でも……ただ熱くするだけで、いいの?」


 ラウウルの問いはもっともだった。私も首を横に振る。


 「それだけじゃ足りない。必要なのは、変換を促す“触媒”だ。」


 通常、魔法の行使によって生じる赤と青の魔素。それらは循環の途中にある“中間生成物”のようなものだ。もし、それを“負の魔素”にぶつけたらどうなる?融合できない存在同士なら、逆に――融合を強制したら?


 「“負の魔素”が外の魔素と交わらないなら、交わる状況を無理やり作る。」

 私は巨木の根を見据えた。

 「この魔素を、根の奥……“黒い詰まり”のすぐ近くまで送り込む。到達したら、そこで燃焼反応を起こして、変換を促す。」


 「……どうやって、そんなこと……?」


 私は短く息を吸い、頭の中で手順をなぞる。


 「窒素分子で魔素の塊を包む。同時に、メタン分子とオゾンも分離して包み込む。そのまま風で地下へ運ぶ。で、到達した瞬間――メタンにオゾンをぶつけて、発火させる。」


 ラウウルは、案の定ぽかんとした顔をしていた。専門用語の洪水だ。無理もない。


 「……つまり。」

 彼は少し考えてから言った。

 「とにかく、蒼ならできるんだよね?」


 「うん。」

 私は即答した。

 「集中できれば、たぶん。」


 風が、低く唸る。地表だけでなく、土中の空気がざわめき、振動し始めるのが分かる。その中心に、私は魔素と各分子を慎重に組み込み、層を作るように配置した。崩れれば、ただの暴発だ。


 「……行け。」


 小さく呟いた瞬間、風は生き物のように渦を巻き、巨木の根の隙間から地下深くへと吸い込まれていった。


 ――次の瞬間。


 地面の奥から、低く、鈍い音が響いた。腹の底に直接伝わるような、不快な振動。


 「な……何……!?」


 ラウウルが声を上げる。地面が、脈打つ。湿った空気が押し出され、次の瞬間――


 幹の下部、裂け目から黒いもやが噴き出した。腐った泥と鉄を混ぜたような臭気が鼻を突く。だが、それは長く続かなかった。


 「蒼……! 変わった……!!」


 ラウウルの声が震えている。私には見えないが、彼の瞳は確実に“変化”を捉えていた。


 「黒いのが……赤と……青に……!」

 「分かれて、流れ始めてる……!!」


 私は思わず、幹に耳を当てた。

 ――聞こえる。

 微かだが確かな音。水脈が走るような、低い流動音。


 「……変換が、起きた。」

 喉が、ひどく乾いていた。

 「“負の魔素”が……流れに戻った……!」


 再生が、始まったのだ。


 巨木の幹が、低く唸るような音を立てる。根から枝へ、何かが駆け上がる気配。葉が一斉に、わずかに震えた。


 その先端――


 「蒼、見て……!」


 ラウウルが指差す。枯れ切っていたはずの枝の先に、小さな芽が顔を出していた。淡い緑。確かな、命の色。


 「……成功、したのか?」


 「うん。」

 ラウウルははっきりと頷いた。

 「“詰まり”が……ちゃんと、動き出してる。」


 私たちはしばらく、言葉もなくその光景を見つめていた。風が吹き、葉が揺れる。滞っていた循環が、少しずつ戻ってきている。


 「“毒”も……癒せるんだね。」


 ラウウルの呟きに、私はゆっくりと頷いた。


 私たちがやったのは、科学と魔法の融合だ。植物の構造を理解し、この世界の魔素の性質を読み解き、風と火で詰まりを解消する――。世界の“命”を、もう一度循環させる試み。


 芽吹いた命は、まだ小さい。だが、それは確かに、この世界樹が生きている証だった。


 そして、再び風が吹いた。ラウウルの笛は鳴っていない。ただ自然に、巨木の内側から押し出されるような風。


 「……これは?」


 「呼吸だ。」

 私は静かに答えた。

 「世界樹が……自分の力で、“呼吸”を始めた。」


 再生は、もう止まらない。


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