-第三話:理解を超える光景-
この世界に来てから3日間、あまり移動せずに過ごしていた。下手に動いて捕食者に遭遇するなどの予期せぬ事態に陥ることを危惧していたからだ。とはいえ、どれくらいあるか分からない一生をここでこのまま過ごすわけにもいかない。
「よし、移動するか…。」
当然闇雲に動くわけにはいかない。俺は近くの木の根元を見る。そこにはシダ植物らしき陰生植物が活着している。陰生植物は強い光に弱く日陰に繁茂する傾向がある。この性質から木の周りの陰生植物がより繁茂している側が概ね北だとわかる(この場所が北半球ならばだが…。)。早速俺はこの植物の道標に従って南(仮)の方角へ進み出した。念の為、道中の木々の幹に落ちていた石でバツ印を付けながら進んでいく。
歩きながら生息している動植物を観察する。まず、植物はやはり巨大だが地球の熱帯雨林のものに似ている。深裂葉の樹木やフタバガキ科のような樹木もある。動物は今のところ昆虫をはじめとする節足動物とその幼虫しか出会っていないが、どれもやはり大きい。巨大ダンゴムシに芋虫、他には巨大な蟻や蛾のような生物もいた。蛾の羽ばたきはとても静かで、地球のように忙しく羽を動かしはせず、ふわりふわりと宙に浮いていた。こちらに襲いかかってくるような肉食性の蜘蛛みたいな節足動物には今のところ遭遇していない。巨大な蜘蛛やムカデみたいなやつがいたら気を失うかもなぁ。それにしても無脊椎動物でこの大きさなら脊椎動物はどれほど大きいのだろう。というか俺以外に脊椎動物は生息しているのだろうか?
そんなことを考えながら歩いていると、前方の空に煙が立ち上っているのが見えた。
「火か?」
天気は晴天で落雷による山火事は起きそうもないし、火山らしきものも近くには見当たらない。ということは、火を使うことのできる知的生命体がいるかもしれない!そう思った俺は煙の方角へと走った。5分ほど走ったところで木が倒れる音と猛獣の鳴き声のような音が聞こえた。音の方向に身を隠しながら慎重に近づくと、巨木が生えていない開けた場所に出た。そこではティラノサウルスのような二頭の同種の恐竜が争い合っていた。体高はビルの2階ほどはあるだろうか。体長はその2倍ほどはありそうな巨体である。肌は赤褐色の鱗肌でうっすらと黒い体毛が生えているのがわかる。強靭な顎と鋭い牙はどんな獲物の肉も噛みちぎれそうだ。
「この星、恐竜いるのかよ…。」
俺の頭は混乱していたがとにかくこの二頭の関心がお互いに向いているうちにこの場を後にしなければ命が危険だ。俺は二頭の方に目を向けたまま、ゆっくりと後ろ歩きでその場から遠ざかりはじめた。そのままもう一度辺りを俯瞰すると、二頭の周りの草木の一部が燃えていることに気がついた。
「煙の正体はあれか?」
それにしても何故あの一帯の草木は燃えているのだろうか?周りには何も火の原因になりそうなものはないようだが…。そんなことを考えていると、突然「ブゥォォォォォ」という強力な送風機のような音を聞くと共に肌に熱風を感じた。
「嘘だろ!?」
二頭のうちの一頭がもう一方に向かって赤い炎を吹いていた。炎を吹かれた方は身体中を炎に覆われて暴れ回ったのち、息絶えた。そこら中に肉と草木の焼ける匂いが広がっていた。勝者は燃え残った敗者の死肉を貪っていた。
「ヤバいヤバいヤバい!あんなのに見つかったら終わりだ!」
俺はその場から一刻も早く逃れるために、全速力で走った。重力が軽いせいか地球にいた時よりも遥かに速いスピードで走っていた。