-第二十九話:黒き痕跡-
その夜、俺たちは根元に仮の野営地を築いた。焚き火の明かりが巨木の幹にゆらゆらと映り、時折、風が枝を鳴らしていた。
「ラウウル、さっきの魔素の流れ、今も続いているか?」
「……うん。けどね、なんだか引っかかる。」
ラウウルが膝を抱えて夜空を見上げる。彼の瞳は、俺には見えないものを映している。
「さっき、木の奥深くにね、光らないものがあった。濁っていて、黒くて……流れてないんだ。」
俺は振り返る。幹は静かにそびえている。外見に異常はない。だが、ラウウルが言う“光らないもの”――それが気にかかる。
「それ、どこにあった?」
「すごく下……地面の、もっと深く。まるで、根の底に絡みついているみたいだった。」
俺はミーネから貰った和紙のような材質の紙冊子を取り出す。そのノートを開き、木の構造を描いたスケッチを見直す。根の深部――通常なら土中の水やミネラルが集まる場所だ。
「……もしかすると、そこが“詰まり”の原因かもしれない。」
「詰まり?」
「水路にゴミが詰まると、水が流れなくなるだろ? 同じように、魔素の流れをせき止めている何かがある……しかも“黒い”と聞けば、何かの“変質”だ。」
「魔素って、本来は光っているんだよね…。 青や赤で……。」ラウウルがぽつりと呟いた。
「ああ。つまり、お前の見た“黒い魔素”は、何かが原因で本来の性質を失ったか、変質してしまった状態なんじゃないかな。」
俺はノートに“×”を描き込み、そこから仮説を立て始めた。
「ラウウル。以前、“火の粉”を見たとき魔力が黒色だって言っていたよね?」
「……黒かった。全部、黒いもやみたいで、周りを汚していく感じだった。」
やはり、繋がった。俺は声を低くして言う。
「その“黒”が、今も根の奥に残っているんだ……“炎の龍”が生み出した、“負の魔素”だ。」
ラウウルがゆっくりと目を見開く。「じゃあ……あの龍は、“循環”を壊す存在だったってこと?」
「おそらく。魔素は、本来なら光に分解されて再構成される。だが“負の魔素”は循環の外にある。合成も、吸収もされない。むしろ、流れを止める“淀み”をつくる。」
「……まるで、毒みたい。」
「そう。自然に還らない魔力のゴミ……“負の魔素”だ。」
俺たちはしばし、焚き火の音に耳を傾けた。パチパチと弾ける火の音が、巨木の奥で渦巻く黒い沈黙を際立たせる。
「でもさ、どうすればいいの?」ラウウルが不安げに聞く。「それ……消すことなんて、できるの?」
「……分からない。でも、一つ言えるのは――魔素は流れてこそ意味がある。つまり、“詰まり”を取り除ければ、循環はまた動き出すんじゃないかな。」
俺は焚き火の炎に手をかざした。燃焼。酸素。変化。エネルギー。
「負の魔素も、“何か”に変えられるなら……消せるかもしれない。」
「じゃあ、それを変える方法を見つければいいってこと?」ラウウルの瞳が光を取り戻していた。
その夜、俺たちは世界樹復活への一歩を踏み出した。世界を支える魔力の流れ。それを妨げていたのは、“黒く変質した魔素”――循環の外側にある、龍の残した“毒”だった。




