-第二十八話:光る導管-
ラウウルが風導笛を構える。空気が震え、風がざわめき始めた。巨木の根元に立つ俺の足元にも、かすかに渦巻く風の気配が感じられる。
「いくよ、蒼!」
「ああ、できるだけゆっくり、広範囲に頼む。」
笛が鳴った。高く澄んだ音が森に響き、周囲の空気がなめらかに流れを変えていく。地表近くの枯葉がふわりと舞い、渦に巻き込まれる。
俺は試験用に持ち歩いていた小瓶の栓を抜き、粒子が集まりやすい地点に設置した。瓶の口元に微かに魔力をまとわせ、吸引を促す。すると、瓶の中に微細な粒子が集まり、何やら熱を持ち始めたように感じられる。
「……ラウウル、今、瓶の中に何か見えるか?」
「うん、青と赤の光……すごく綺麗だよ。」
俺は頷き、その瓶の中身を慎重に巨木の根元、裂けた樹皮の隙間へと注いでいく。
数秒の沈黙ののち――
「……光った?」ラウウルがぽつりと声をあげた。
俺には何も見えない。しかし、彼のその声に、確信のような響きがあった。
「中が、うっすら光っている。青緑……命の色みたいに、静かで、あたたかい。」
俺は木の幹に耳を当てるようにして目を凝らす。そこにあるのは、科学的推察と観察の積み重ね。光は見えないが、内部に変化が起きているのを、俺の知識が告げていた。
「間違いない……導管だ。」
「導管?」
「植物の幹の中に、水や養分を運ぶための管があるんだ。植物は根から水を吸い上げて、葉で光合成をしている。巨木も似た構造を持っている……魔素を運ぶ、魔導管だ。」
幹の裂け目を覗き込む。目視できるのは、木質の網目とごく微細な振動だけ。だがラウウルはまた見えているのだ。
「ねえ、今、導管の中を魔素が通っているよ……流れている!」
俺の胸が熱くなった。科学で語るならばそれは、水圧の回復。だがこの世界では魔力の“循環”の始まりだ。
「やっぱり、反応が始まったんだ……けど、これを持続させるには、まだ足りない。」
「“呼吸”をさせなきゃ、ってことだよね?」
「そう。魔素の吸収と放出、それを絶え間なく繰り返せるようにする。“魔素の呼吸”を。」
そのとき、足元の地面がわずかに震えた。巨木が自らの意志で何かを試そうとしているかのように。
やはり、生きている!
「やったね、蒼!」
ラウウルが笑う。その表情を見て、俺も自然と笑っていた。
だが、同時に考えずにはいられなかった。この“呼吸”がかつて止まってしまった理由を。
「原因を突き止めないと。また同じことが起きる。」
「うん……魔力合成が壊れた理由を。」
だが、まだ俺たちは知らなかった。地中の奥深くに、黒い魔素の塊が、動かぬまま眠っていることを。




