-第二十八話:見えざる循環-
ミーネの家を後にし、私たちは借家に戻ると、そのまま泥のように眠った。布団に身を沈めた瞬間、意識が底へ落ちていく。考える間もなく、体が先に限界を迎えていた。この世界に来てから、一番気持ちのいい入眠だったと思う。目を閉じたまま、風の音と、遠くでまだ続いている消火のざわめきだけをぼんやりと聞いていた。
翌日。
私たちは再び、「母なる巨木」の根元へと戻ってきた。「炎の龍」の死体の処理は、ミーネたちが引き受けてくれるらしい。彼らは火魔法を得意としているし、凍結した遺骸を処理するにはうってつけだろう。素材が採れる、と妙に嬉しそうにしていたのも印象的だった。文化が違えば、価値の見え方も違う。
風が枝を揺らし、木々の隙間から柔らかな陽光が差し込んでいる。だが、その光を受けるはずの巨木の葉はほとんど枯れ落ち、幹にはところどころ深い裂け目が走っていた。根元には灰が積もり、土は硬く、生命の匂いが薄い。一目見ただけで分かる。明らかに、生命活動が弱まっている。
「これを……どうやって……」
私は思わずそう呟き、巨木の根元に膝をついた。積もった灰を手で払い、そっと幹に触れる。冷たい。生きてはいるが、かろうじて、という感触だった。
かつて大学で研究していた温室の植物たちとは、規模も性質もまるで違う。だが、それでも生物である以上、根本の原理は同じはずだ。光合成。呼吸。循環。
そして――この世界では、そこに魔法が絡む。違いはあれど、流れは同じだ。そう自分に言い聞かせてみるが、具体的な解決の糸口はまだ見えない。
とりあえず、今できることから始めるしかない。私は風魔法を使い、根元に溜まった灰を丁寧に吹き飛ばしていった。灰が舞い、陽光の中で細かく散る。
「あれ……?」
ラウウルが、不思議そうな声を出した。
「光のかけらが、巨木に吸い込まれていく……。」
「光のかけら?」
私は聞き慣れない言葉に反応し、振り返る。
「魔法を使うとね、すごく小さい光が出るんだよ。青色と赤色の光があるんだ!」
青色と赤色の光――。
魔法を使った際に、何らかの残留物が発生しているということか。もしそうなら、魔法は単純に魔力を消費して消えるわけではない。化学反応のように、別の物質、あるいはエネルギー形態へと変換されている可能性が高い。
そして、その「残りかす」が、巨木に吸収された。
ということは――。
「……魔素二酸化炭素。」
気づけば、私は無意識に日本語でそう呟いていた。
「何?」
ラウウルが怪訝そうな顔をする。
「いや……植物は、ある種類の空気を吸って、光と水を使って栄養を作るんだ。たぶん……この巨木でも、似たようなことが起きている。」
私は言葉を選びながら続けた。
「でも、普通の植物が吸う空気と同じじゃない。きっと、光のかけら――魔素が混じった、もっと特殊なものなんだ。」
ラウウルは、ぽかんと口を開けていた。私は立ち上がり、枯れかけた葉を一枚摘み取る。軽く、脆い。
「つまり、この巨木は――いや、“世界樹”は、魔力を再生する存在なんだ。」
葉を見つめながら、言葉を続ける。
「人が魔法を使うと、空気中に“消費済みの魔力”が排出される。それをこの巨木が吸収して……魔力をまた“合成”している。」
ラウウルが眉をひそめる。
「合成……つまり、光のかけらを回収して、もう一度使える形に戻すってこと?」
「そう。光と水、そして……残留魔素。それらを材料にして、魔力を再構成している。光合成みたいに。いや……“魔力合成”と呼ぶべきか。」
ラウウルの目が大きく見開かれる。
「“魔力合成”……? 蒼、なんでそんなことがわかるの……?」
「昔、“植物”のことを勉強していたんだ。」
私はそう言って、少しだけ笑った。
再び、巨木の幹に手を当てる。確かに、ここにはまだ微かな魔素の流れが残っている。完全に死んではいない。
ならば――魔力合成を、もう一度活性化させればいい。
「問題は……合成に必要な“材料”だな。」
「材料?」
「水と、光と……青と赤の光のかけら。それが、今は決定的に足りない。」
ラウウルは少し考え、ぽんと手を打った。
「つまり……魔法をいっぱい使えばいいってことか。」
そして、顔を上げる。
「じゃあさ、僕たちで一度、大規模に魔法を使ってみようよ。風を巻き上げて、空気中の“それ”を集められるか試してみるんだ。」
私は一瞬考え、ゆっくりと頷いた。
「……やってみよう。」
再生は、まだ始まっていない。
だが、私たちは確実に、その“鍵”へと近づいている。
世界を循環させる仕組み。
それを取り戻すことができれば――巨木は、必ず再び芽吹く。




