-第二十七話:見えざる循環-
ミーネの家を後にし、俺たちは借家に戻って泥のように眠った。
翌日、俺たちは巨木の根元へと戻ってきた。「炎の龍」の死体の処理はミーネ達がやってくれるらしい。彼らは火魔法が得意なようだし、うってつけだろう。
風が枝を揺らし、木々の間から柔らかな陽が差している。だが、巨木の葉はほとんど枯れ落ち、幹もところどころ裂け目が走っていて根元には灰が積もっている。明らかに生命活動が弱まっている。
「こいつをどうやって……」俺は木の根元に膝をつき、灰を払い、手を当てた。
かつて大学で研究していた温室の植物たちとは明らかに違う。だが、生物としての原理は同じはずだ。光合成も呼吸も、魔法も――違いはあれど循環だ。
そう考えてみるのだが、全く解決の糸口が見えない。とりあえず、根元に積もっている灰を綺麗にしてみるか。俺は風魔法で灰を吹き飛ばしていく。
「あれ?光のかけらが巨木に吸い込まれていく…。」ラウウルが不思議そうに呟く。
「光のかけらって?」俺はラウウルから聞いたことのない言葉に反応した。
「魔法を使うと小さい光が出るんだよ。青色と赤色の光があるんだ!」
魔法を使うと残留物が出るということだろうか。そうだとすると、魔法は魔力を消費しているというよりは、化学反応のように別の物質、エネルギーに変換するということか。その残留物が巨木に吸収された。ということは、
「……魔素二酸化炭素。」俺は無意識にそう呟いた。
ラウウルが怪訝な顔をする。「何それ?」
「いや……植物は“二酸化炭素”って気体を吸って、光と水を使って糖を作るんだ。たぶん……この巨木でも似たようなことが起きている。でも、ここでは普通の“二酸化炭素”じゃない。きっと、光のかけら――魔素が混じった……もっと特殊なものなんだ。」
ラウウルはポカーンとした顔をしていた。俺は立ち上がり、枯れかけた葉を一枚摘んだ。指先で撫でると、微かに魔力の反応がある。完全に死んではいない。
「つまり、この巨木は――いや、“世界樹”は、魔力を再生する存在なんだ。人が魔法を使うと、空気中に“消費済みの魔力”が排出される。それをこの巨木が吸収して……魔力をまた“合成”している。」
「合成……つまり、光のかけらを回収して、もう一度使える形に戻すってこと?」ラウウルが眉をひそめた。
「そう。光と水、そして……残留魔素。それらを元に魔力を再構成しているんだ。光合成みたいに。いや、魔力合成そう呼ぶべきか。」
ラウウルが目を丸くする。「蒼、なんでそんなことがわかるの……?」
「昔、“植物”のことを勉強していたんだ。」俺は笑う。
巨木の幹に再び手を当てた。ここに、まだかすかな魔素の流れがある。ならば、魔力合成をもう一度活性化させれば、巨木は蘇る――そう確信できた。
「問題は……合成に必要な“材料”だな。」
「材料?」
「水と、光と……青と赤の光のかけら。それが足りないんだ。」
「つまり……“魔法を使ったあとに出る何か”が、もっと必要ってことか。」
ラウウルがぽんと手を打った。「じゃあさ、俺たちで一度、大規模に魔法を使ってみよう。風を巻き上げて、空気中の“それ”を集められるか試してみるんだ。」
俺は少しだけ考えて、頷いた。「やってみよう。」
再生はまだ始まっていない。けれど、俺たちはその“鍵”に近づいている。世界を循環させる仕組み、それを取り戻すことができれば――巨木は、必ず再び芽吹く。




