-第二十五話: 空に炎が舞う-
俺とラウウルはラニ族の空の里から「母なる巨木」の方へ空を駆けて向かった。
15分程で巨木を見下ろす位置に着いた。到着の速さが俺たちの成長のほどを示していた。巨木の周辺一帯は大雨が降っていた。
空が鳴った。
低く、地の底から響くような咆哮が、空を震わせる。空を覆う雲の一部が赤く染まり、焼け崩れ、そこから奴の体の一部が覗いた。
「来た……、“炎の龍”……!」
全身を覆う紅蓮の鱗。空気を灼く高熱。熱波が波紋のように空間を歪ませる。ラウウルが一歩後ずさった。
「でかい……それに、熱で風が乱れている……!」
俺は思考を巡らせた。奴の周囲では空気分子が高速に震えている。通常の足場形成は難しい。空気の密度は下がり、圧縮が追いつかない。しかも、龍は速度もある。動きを止めず、空を焼きながら進んでいる。
「蒼!」ラウウルが叫んだ。「あいつ、こっちを見た! 来るよ!」
赤き咆哮。口元が膨れ、熱光が充満する。
「離れろッ!!」
俺とラウウルは、同時に右方向に跳んだ。俺は連続で風を蹴り、空を駆ける。爆発的に圧縮した空気が足元から解放され、俺の体を滑らせるように飛ばした。ラウウルは風導笛を吹き、風の流れを先導するように身を翻す。
次の瞬間、炎が弾けた。音すら消える高熱。空の一点が、太陽のように輝いた。
俺たちはそのまま奴がいる雲より高い成層圏の始まりの場所まで駆け上がる。
「ラウウル!」俺は叫ぶ。「俺が誘導する! お前の風で、あいつの動きをズラしてくれ!」
「分かった!」
俺は龍の真正面に回り込んだ。足場を形成する余裕などない。下向きジェットで連続加速。視界が風で滲むほどの速度で、龍の口元スレスレを通過する。
龍の目が俺を捉えた。炎が、唸る。
俺は跳躍し、龍の進路を横切った。予想通り、奴は追ってきた。そのとき、ラウウルの笛が鳴る。
澄んだ音が、空を滑る。風が、呼応する。龍の前方の空気流が、急激に反転した。
「今だ!」
その風は龍の進路をさらに逸らし、奴の身体は一瞬、バランスを崩す。俺は龍の下方、腹の下へ潜り込む。圧縮した空気を一気に展開――真上へと噴出させた。
「効いた……!? いや、全然効いてない!」
龍が怒りに満ちた咆哮をあげる。今度は空中で体を翻し、無理やりバランスを取りながら炎の螺旋を吐き出した。俺とラウウルの間に、炎の壁が立ち上がる。
「くっ……熱が強すぎる! このままだと足場が持たない!」
ラウウルが叫ぶ。「風が……風が、溶けている……!」
俺は拳を握った。ならば、逆を突く。
「ラウウル、あいつの上空に風の“渦”を作れ! 下降気流だ!」
「わかった……!」
ラウウルは龍の上方へ移動した。笛を吹き、上空へ風を誘導する。龍の周囲に強い渦が生まれ、龍は少しずつ下方へ押される。そして雲の中まで落とされた。俺も龍を追って雲の中に入り込む。
ラウウルの風が止んだ。龍と俺は目を合わせ対峙していた。龍の周囲から水蒸気が大量に湧いている。
周りには大雨を降らすほどの大量の水があった。俺は周囲の水分子を集めて、一点に圧縮した。雲の中、視界は悪く、風も乱れているが、だからこそ奴は油断している。高熱を放つ炎の龍。その熱源がある限り、周囲の空気分子は膨張し、散っていく。だが、水は違う。
水は、熱を吸う。
「これで終わらせる……!」
俺は一気に、空気分子と水分子の操作を“重ねた”。
まず、龍の周囲の空気を薄くし、熱の伝導を減らす。そして水分子を龍の体表に沿うように配列させた。龍の鱗の隙間――熱の集中点に、冷却の刃を突き立てるように。
“ラウウル式水魔法 + ラニ族相伝風魔法 改”
「氷刃!」
濃縮した水分子が、音もなく空を裂き、龍の胴体に突き刺さる。その瞬間、熱と冷がぶつかり合い、空間が鳴った。爆音でも爆風でもなく、“裂ける”ような音。龍の鱗の一部が、白く、ひび割れを生じる。
「効いている……!」
龍が吠えた。全身の炎が暴走する。だが俺は怯まない。空気の流れを操り、龍の動きを制限し続ける。龍は焦り、渾身の火球を放つ。
だが、その火球が届く前に――ラウウルの笛が鳴った。
風導笛の音が雲を切り裂き、火球を吹き飛ばす。火と風が衝突し、爆発的な圧力変化が生まれる。俺はそれを利用した。
“ラウウル式水魔法 + ラニ族相伝風魔法 改二”
空中で水分子を“氷”に転化させる。さらにその氷を螺旋状に組み上げる。生じた爆風を操作し氷を龍の方向へ押し出し、氷は龍の胸部を貫いた。
空気が焼ける音と、水蒸気が爆ぜる音が重なる。
「氷槍!!」
龍の体が仰け反り、咆哮が空に響いた。氷がその体を内側から突き破るように展開され、炎の奔流が断ち切られる。
龍の目が見開かれ、そして――崩れ落ちる。
空に残ったのは、水蒸気と、消えゆく熱の残光だけだった。
俺は風の足場に着地し、大きく息を吐いた。空気が冷えたのを感じる。雲が、ゆっくりと晴れていく。
その中から、ラウウルが風に乗って俺のもとへと近づいてくる。彼の頬には汗と涙が混ざっていた。
凍った龍が「母なる巨木」のもとへ落ちていき、その枝にぶつかり砕け散った。




