-第二十三話:風を操る-
ラニ族の空中足場はまるで呼吸するかのように、足を置くたび微かに揺れた。しかし不安は感じなかった。むしろ、風そのものが俺たちを受け入れ、導いてくれているような、不思議な感覚があった。
ティスに導かれるまま、俺たちはいくつもの風の階段を登った。高度が上がるにつれて、霧が薄れ、代わりに太陽光が透明な空間を透かして降り注ぐ。振り返ると、谷底ははるか遠く、空を背負った街・ハナウアが点のように霞んでいた。
「……ここが、ラニ族の空の里か。」
風の橋の果てに広がるのは、断崖に沿って築かれた宙吊りの住居群。透明な糸のような構造体が張り巡らされ、幾何学模様を描いていた。枝のように伸びる透明な支柱に支えられ、建物は宙に浮かんでいるようにすら見える。風鈴のようなものが各所に吊るされ、風が吹くたびに柔らかな音が鳴った。
「ティス様、お帰りなさいませ。」
巫女と同じ装束をまとう者たちが出迎え、俺たちを興味深そうに見つめる。ラニ族の民は、男も女も静かな気配を纏っていた。
「ここで、空の歩き方を学んでもらうわ。」
ティスが振り返り、厳かな声で言った。「“炎の龍”はただの獣ではない。あれは風を拒み、空を焼き尽くす存在。だからこそ、風の技を極めなければならない。さもなければ……君たちはあの空にすら立てずに焼かれてしまう。」
俺たちは無言で頷いた。
その後、俺とラウウルはそれぞれ、ラニ族の術者につけられて訓練を受けることになった。俺の指南役となったのは、名をレンと名乗る青年だった。目つきは鋭く、風のように無駄のない動きで空を踏む。
「足元の空間を選び、周囲から分子を集め、圧縮する。分子間の引力を高め、熱振動を抑える。」
俺は彼らの実践を参考に空中歩行魔法のメカニズムについて仮説を立てて実験する。
レンは興味深そうに言った。「分子? 密度? 君の言うことは分からない。だが、君の空の踏み方には、確かに“骨組み”がある。風を支えるための、明確な理論だ。」
不安定ながら既に空中に足場を作り始めた俺に対して、レンは驚きながら言う。
「君には風の資質がある。だが、それは魔法としての“才能”ではなく、“理解”に基づくものなのだろう。」
俺は頷いた。自分がやっていることは、物理的に無理を通している。それでも、空気の性質を理解し、操作の方向性を定めることで“足場”を成立させているのだ。
一方、ラウウルの訓練はまた異なっていた。彼の指導者は巫女ティス自身だった。ティスは魔力の流れを見ることができるラウウルの特性を瞬時に見抜き、その能力を最大限に引き出そうとしていた。
「君は風そのものに近い。見えない流れを感知し、共鳴できる。その力で風を導き、歩みを支えることができる。」
ラウウルは目を閉じて風の流れを感じ取りながら、少しずつ足場を形成するようになっていった。その姿はまるで、風と対話する少年のようだった。
数日が過ぎた。俺たちは空を歩くことに慣れ、今では軽く跳ねるように足場を転々とできるようになった。
だが、それだけだ。空中を歩けるというだけでは「炎の龍」相手には全く使い物にならない。まず、スピードが足りない。奴が宙を移動する速度に到達しなければ、奴に追いつくことも奴の体当たりを交わすこともできない。もう一つ、奴は炎を操り熱を発する。足場の空気が熱されれば、分子の運動を抑制しきれず足場が瓦解する。
ラニ族の風魔法を俺の科学知識で更に発展させて、戦闘で使えるようにしなければならない。




