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異世界でも科学は役に立つ!!  作者: ANK
第二章:世界樹「母なる巨木」
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-第二十二話:空を歩く者たち-

 翌朝、私たちはミーネに連れられ、ハナウアの北門をくぐった。門を抜けた瞬間、街のざわめきが背後で遠ざかり、空気の質がわずかに変わるのを感じた。


 街を出てしばらく進むと、地形は次第に険しさを増していく。足元は細く削られた山道となり、左右には断崖が連なっていた。霧がゆっくりと流れ、視界を柔らかく曖昧にしている。その霧の中で、岩肌を覆う蔓植物が、呼吸するかのように風に揺れていた。葉の擦れる音と、遠くから聞こえる風鳴りだけが、妙に大きく耳に残る。


 ――この先に、空を歩く者たちがいる。

 そう思うだけで、胸の奥がざわついた。


 「ラニ族の住処は、あの上だ。」


 ミーネが指さした先を見上げ、私は思わず言葉を失った。


 断崖の中腹から、空へと突き出すように伸びる奇妙な構造物。宙に浮かんでいるように見えるその「足場」は、透明な糸のようなものに支えられており、岩壁と空のあいだを編むように広がっている。光を反射して、時折、淡くきらめく様は、巨大な蜘蛛の巣そのものだった。


 「……どうやって行くんだろう、あんなところ……?」


 ラウウルが、呆然と呟く。その声には、畏怖と好奇心がない交ぜになっていた。


 ミーネは、こともなげに肩をすくめる。


 「歩くのさ、空を。」


 冗談のようでいて、否定の余地のない口調だった。


 そのときだった。足元を、柔らかな風がすっと撫でていく。冷たさはなく、むしろ生温かい。空気の中に、目には見えないが確かな力のうねりが走った。


 次の瞬間、その風に導かれるように、一人の女性が、ふわりと空から降り立った。


 白と藍を基調とした織布をまとい、淡い銀髪を三つ編みに束ねた姿。足音はなく、着地の衝撃すら感じさせない。その佇まいは、どこか異国的で、現実感が薄かった。そして、彼女の瞳もまた、深い黒色をしている。


 「……ラニ族か?」


 私が問いかけると、彼女は一瞬だけ私たちを見渡し、静かに微笑んだ。


 「ラニ族の巫女、ティス。」


 澄んだ声だった。


 「お前たちが、“母なる巨木”の光を見た者か?」


 「……どうしてそれを?」


 思わず、驚きを隠せずに聞き返す。


 背後では、ミーネが腕を組み、どこか得意げな表情を浮かべていた。

 ――なるほど。コルから聞き出した情報を、すでに彼女らに渡していたらしい。


 「見たし、感じた。」


 私は答えた。


 「巨木はまだ……生きている。」


 その言葉に、ティスは小さく、しかし確かに頷いた。


 「ならば――」


 一拍置いて、彼女は言った。


 「空を歩く資格はある。」


 そう言うと、彼女は懐から小さな瓶を取り出した。透明な瓶の中で、淡く光る液体が揺れている。ティスはそれを傾け、私たちの額にそれぞれ一滴ずつ垂らした。ひんやりとした感触が、皮膚からじんわりと広がる。


 「これは『風の契り』。」


 彼女は静かに続ける。


 「私たちラニ族が代々受け継いできた、風の魔法を受け継ぐための儀式。風と歩むことで、空に立つことができる。」


 ティスが一歩踏み出した。


 その足元に、淡い光が滲むように広がったように感じた。やがて透明な足場が宙に浮かび上がった。まるで、空気そのものが形を得たかのようだった。


 「さあ、ついてきて。」


 私たちは顔を見合わせ、恐る恐る彼女の後に続く。最初の一歩は、奈落に身を投げるような感覚で、心臓が大きく跳ねた。


 ――落ちる。


 そう思った瞬間、足裏に、確かな感触が伝わった。そこには、確かに「風」があった。柔らかく、それでいて裏切らない力で、体重を受け止めている。


 「……歩ける……!」


 ラウウルが、歓喜に満ちた声を上げる。


 私も、慎重に次の一歩を踏み出す。下を見れば、深い谷が口を開けている。だが、風は沈黙したまま、私たちを支え続けた。


 ――なるほど。


 おそらく、周辺の空気分子を圧縮・集約し、分子間の引力を一時的に高め、熱運動を抑えているのだろう。固体に近い状態を、極めて局所的に作り出している。


 理屈としては理解できる。だが、それを実際に行うには、途方もない集中力と制御精度が必要なはずだ。それに、息苦しさを感じない点から考えると、窒素分子のみを選択的に用いている可能性もある。


 ――発想も、技術も、洗練されすぎている。


 ティスは歩みを止め、振り返った。


 「“炎の龍”を討つには、空で戦う術が必要だ。」


 その眼差しは、静かだが揺るぎない。


 「そして、お前たちには、それを学ぶ時間が必要。私たちが教えられることは、すべて教えよう。」


 胸の奥で、嫌な予感が形を成す。


 ――やはり、そうなるか。


 どうやらミーネに、完全にしてやられたらしい。気づけば、私たちは自然な流れで「戦う側」に組み込まれていた。


 空の上を歩きながら、私は小さく息を吐いた。 もう、後戻りはできそうになかった。


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