-第二十二話:空を歩く者たち-
翌朝、俺たちはミーネに連れられ、ハナウアの北門をくぐった。街を出てしばらく進むと、地形は次第に険しくなっていき、断崖が連なる山道に差し掛かった。霧がゆっくりと流れる中、岩肌を覆う蔓植物が風に揺れていた。
「ラニ族の住処は、あの上だ。」
ミーネが指さしたのは、断崖の中腹から空へと突き出すように伸びる奇妙な構造物だった。宙に浮いたように見えるその「足場」は、透明な糸のようなものに支えられており、まるで蜘蛛の巣のように岩壁と空の間を編んでいる。
「どうやって行くんだろう、あんなところ……?」
ラウウルが呆然と呟いた。ミーネは肩をすくめた。
「歩くのさ、空を。」
そのとき、足元に柔らかな風が吹いた。空気の中に、何か精妙な力のうねりが感じられる。そして、その風に乗るように、一人の女性がふわりと空から降りてきた。白と藍を基調とした織布をまとい、淡い銀髪を三つ編みにしたその姿は、どこか異国めいていた。瞳の色はやはり黒い。
「……ラニ族か?」
俺が問いかけると、彼女は静かに微笑んだ。
「ラニ族の巫女、ティス。お前たちが“母なる巨木”の光を見た者か?」
「どうしてそれを?」俺は驚いて聞き返した。
後ろでミーネがしたり顔をしている。どうやらコルから聞き出した情報を事前に彼女らに流していたようだ。
「見たし、感じた。」ラウウルが答えた。「巨木はまだ……生きている。」
ティスは小さく頷いた。
「ならば、空を歩く資格はある。」
そう言うと、彼女は懐から小さな瓶を取り出し、俺たちの額にそれぞれ一滴の液体を垂らした。ひんやりとした感触がした。
「これは『風の契り』。私たちラニ族が代々受け継いできた風の魔法を受け継ぐための儀式。風と歩むことで、空に立つことができる。」
ティスが一歩踏み出すと、彼女の足元に淡い光が広がり、透明な足場が宙に浮かび上がった。
「さあ、ついてきて。」
俺たちは恐る恐る彼女の後に続いた。最初の一歩は宙に向けて足を出すような感覚で、心臓が跳ねた。だが、足が空を踏むと、そこには確かに「風」があった。柔らかく、それでいて確かな力で体を支えてくれる。
「……歩ける……!」
ラウウルが歓喜の声を上げる。俺も続いて歩みを進める。下を見れば深い谷。だが、風は我々を裏切らなかった。
恐らく周辺の空気分子を圧縮、集約し分子間の引力を高めて熱運動を抑えて一時的に固体のような状態にしているのだろう。口で言うだけなら簡単だが実際に行うにはとてつもない集中力が必要だろう。それに息苦しさを感じなかったので、窒素分子の身を集めているのかもしれない。
ティスは振り返り、口を開いた。
「“炎の龍”を討つには、空で戦う術が必要。そして、お前たちにはそれを学ぶ時間が必要だ。私たちが教えられることは教えよう。」
どうやらミーネにしてやられたようだ。いつの間にか俺たちが戦う流れになっている。




