-第十六話:再来-
その後、私たちは川辺に並んで寝転がり、ほとんど無防備なまま眠りに落ちた。警戒を怠ったというより、正確には――疲れ切っていて、それ以上どうする余裕もなかった。地面の硬さも、湿った草の感触も、気にならなかった。まぶたを閉じた瞬間、意識が深いところへ引きずり込まれていく。頭の奥ではまだ集落での凄惨な光景が渦を巻いていたが、それすら抗えなかった。
どれくらい時間が経ったのか分からない。目を覚ましたとき、2つの太陽はすでに空高く、川面には白い光が揺れていた。
私たちは川辺を後にし、東へと歩き出した。そうして、一時間ほどが経過していた。木々の背丈は高く、枝葉が空を覆っているため日差しは弱い。だが、その代わりに湿気と熱気がこもり、肌はじっとりと汗に濡れていく。呼吸をするたび、温い空気が肺に溜まる感覚があった。
背後からは、ラウウルの軽い足音と、ときおり鼻歌まじりの声が聞こえてくる。そのあまりの緊張感のなさに、私は少しだけ苦笑した。とはいえ、彼なりの平静の保ち方なのかもしれない。私は気を抜かず、地形や足元の起伏、植物の種類や倒木の向きまで意識しながら、慎重に歩を進めていた。
そのとき、ふと足元に広がる黒い色が目に留まった。
数メートル四方。
草木が不自然なほどに焼け落ち、地面は炭化している。空気には、微かだが確かに、燻されたような匂いが残っていた。新しい。
「……ここ、何か燃えた跡があるな。」
声に出した瞬間、胸の奥がざわついた。
「うん……何かが通ったみたい……。」
ラウウルも足を止め、焼け跡を見つめていた。その表情は、さっきまでの気楽さが消え、わずかに強張っている。
そのときだった。
「……ッ!」
木々の向こう、数百メートル先。地響きのような重低音が、空気そのものを震わせた。
ドン……ドン……ドン……。
一定の間隔で、重く、鈍い振動。嫌というほど、覚えのある音だった。
「この音……まさか……!」
考えるより先に体が動いた。私は近くの茂みに身を滑り込ませ、息を殺す。ラウウルも、すぐさま私の真似をして潜り込んだ。
数秒後――。
木々を押しのけるようにして、あの巨体が姿を現した。昨日目撃した、炎を吐くティラノサウルス型の生物。褐色の鱗に覆われた胴体。ところどころに混じる黒い体毛。い眼光が周囲を舐めるように走り、巨大な脚が地面を掘り返しながら前進している。
「なんで、また……!」
息を潜めたまま、必死に様子を窺う。だが、その巨大な頭部が、ゆっくりとこちらの方向へ向いた。
視線が――重なった気がした。
「……ッ、マズい!」
次の瞬間、恐竜の喉元が脈打つように膨らんだ。嫌な予感が、確信へと変わる。
轟音とともに、真紅の炎が吐き出された。
「走れ!!」
私とラウウルは茂みを飛び出し、全速力で森を駆けた。背後から、熱波とともに爆ぜるような燃焼音が迫ってくる。木々が燃え、枝が落ち、草が次々と炎に包まれていく。背中に、焼けつくような熱を感じた。
「こっちだ!!」
ラウウルに叫び、進路を変える。視界の先、木々の隙間に湖が見えていた。
そこしかない。
肺が悲鳴を上げる中、必死で湖へ向かって駆ける。ようやく湖畔にたどり着いたとき、背後の森はすでに炎に包まれていた。燃え盛る木々の間を、奴がこちらへ向かってくる。逃げ場は、もうない。
――だが。
私は、この世界の「魔法」について、ある仮説を立てていた。これまで見てきた魔法――水を生み、炎を放ち、鉄の球を飛ばすそれらは、決して無から何かを生み出してはいない。
必ず、「材料」が存在していた。
川の水。
死骸。
鉄の球。
そして、それらの「材料」と、純水、炎、鉄球の放出という「成果物」。両者の間にある共通点。
――分子。
つまり、「魔力」とは、材料に含まれる分子の構造や配置、運動状態を操作する力なのではないか。
そう考えれば、すべて説明がつく。目の前には敵。背後には、膨大な量の「材料」。これ以上ないほど、条件は揃っている。
私は左手を湖へかざし、右手を前方の敵へ向けた。心臓の鼓動が、やけに大きく聞こえる。
“ラウウル式水魔法改”
湖面が一瞬、ざわりと波立った。次の瞬間、空気が張り詰め、冷気が皮膚を刺す。
左手が湖水を引き上げ、無数の水粒子が空中で旋回する。霧が逆再生されるように、水が一点へと集まり、右手へ集中していく。
敵が吠えた。再び炎を吐こうと、喉元が膨らむ。
「氷結!!!」
放たれた冷気が、一気に前方へ拡散した。粒子は瞬時に凍結し、透明な氷の刃となって風のように走る。
氷は敵の体表に触れた瞬間、鱗に沿って広がった。生き物のように這い回りながら、音もなく、だが確実に凍結が進行していく。
敵は咆哮を上げた。だが、その声は途中で途切れた。
喉元から始まった凍結は、全身へと波及し、顎も、脚も、尾の先までも包み込む。鋭く硬質な音とともに、巨大な身体が完全に停止した。
ラウウルが、息を呑んだまま呟く。
「……凍った、全部……!」
目の前には、氷の彫刻と化した恐竜。咆哮の途中で固まった口元、踏み出しかけた前脚、怒りを宿したままの双眸。まるで、時間そのものを封じ込めたかのようだった。
私の肩を、冷たい汗が伝い落ちる。
「……実験は、成功だ……」




