-第十五話:竜人族-
しばらく休んだあと、私たちはそこから三十分ほど歩いて距離を取り、森を抜けた先で川を見つけた。流れは緩やかで、水面には朝の光がまだらに反射している。昨夜の惨劇が嘘だったかのように、静かな場所だった。
そこで、私たちは体を洗った。二人ともひどく汚れていたが、特にラウウルはひどかった。煤と土と、長い時間の垢が混じり合って、肌も髪も本来の色が分からないほどだった。
本当は石鹸でもあれば良かったのだが、無いものはどうしようもない。それでも、水だけで思った以上に汚れは落ちた。川の水は冷たく、掌や首筋に触れるたび、身体の奥に残っていた緊張が少しずつ抜けていくのが分かる。
ラウウルの、ボサボサで固まっていた白い髪も、何度か水を通すうちに柔らかくなり、多少はまとまりを見せた。その姿を見て、私はふと気づく。
――ああ、この子、結構な美男子だ。
整った輪郭、通った鼻筋、紅い瞳がなければ、日本なら確実にモテていただろう。こんな理由で蔵に閉じ込められていたのかと思うと、胸の奥に、どうしようもない感情が湧いた。
そのあと私たちは、河辺に腰を下ろし、近くになっていた果実をもいで食べながら、「トカゲ」について話をした。体も服も濡れたままだったが、この蒸し暑い環境では、むしろ心地よかった。濡れた布が風に揺れ、熱を奪ってくれる。
「トカゲ」たちは、竜人族と呼ばれる、この星の知的生命体の一種らしい。寿命は長く、およそ五百年ほど生きるという。
ただし――
この星では一年が二百五十日、一日は三十六時間あるらしい。
頭の中で計算しようとして、すぐに諦めた。地球換算に意味はない。重要なのは、彼らが「長命種」であるという事実だ。
「竜人族って、どこに住んでいるの?」
私がそう尋ねると、ラウウルは果実をかじりながら答えた。
「いろんな所の森の奥に集落を作って、何年かおきに移動している。見つけたときには、もう消えていることが多いみたい。」
定住しない。それだけで、文化も価値観も、私たちとは大きく違うことが分かる。
「竜人族の他にも、私たちと違う見た目の種族っているの?」
「うん。僕が知っているのだと、猫人族と狼人族がいるよ。僕たちは猿人族って呼ばれている。」
なるほど。この世界には、私の想像以上に多様な種族が存在しているらしい。重力が地球より弱い分、直立二足歩行への進化的ハードルが低いのかもしれない。あるいは、魔法という要素が、生態そのものに影響を与えている可能性もある。考え出すときりがなかった。
ラウウルは、果実の芯をぽいと川に投げ捨てながら、ぽつりと言った。
「三百年前までは、友好的だったんだって。あいつらが豹変したのは、それから……。」
「何があったんだろう……?」
私の問いに、ラウウルは首をかしげるだけだった。彼自身も、詳しいことは知らないらしい。
竜人族は、略奪を目的としているようには見えなかった。そもそも、猿人族の集落は、その日暮らしの狩猟採取生活だ。略奪するほどの蓄えもない。土地にしても、彼らは森を移動しながら生きている。占拠する価値はないはずだ。
――だとすれば。
彼らの目的は、単なる資源ではない。「虐殺」そのもの、あるいは、それに近い何か。
「何か……“見えてないもの”があるのかもしれない……。」
自分の声が、妙に遠く聞こえた。魔法、長命、移動生活、集落への無差別攻撃。点と点が、まだ繋がらない。いずれにせよ、今は情報が足りなすぎる。考察よりも、まずは知ることだ。
「この近くに、人が多く集まる街はある?」
「時々、村を訪ねにきた役人は、東の方から来ていたよ。」
東か。方向は決まった。
それじゃあ、東に向かってみよう。だが、その前に、一つだけ確認しなければならないことがある。
私は、ラウウルの方を見た。
「私は、街に向かおうと思う。ラウウルも、一緒に来ない?」
この先、向かう街でも、私たちは差別されるかもしれない。紅い瞳の彼も、青い瞳で異邦人の私も、厄介者扱いされる可能性は高い。そのせいで、また面倒なことに巻き込まれるかもしれない。命の保証は、どこにもない。
それでも――。
ラウウルは、一瞬も迷わなかった。
「うん!! 行く!!」
その即答に、私は小さく息を吐いた。




