-第十四話:ラウウルの過去-
私とラウウルは、木の幹に背を預けたまま、しばらくのあいだ何もせずにいた。言葉を交わす気力もなく、ただ、朝の冷えた空気を肺に入れては吐き出す。それだけを繰り返していた。
頭の中では、先ほど目にした惨劇を、何とか整理しようとしていた。順序立てて、冷静に、起こった出来事として理解しようと何度も試みる。だが、そのたびに、あのときの恐怖と緊張の感覚が、鮮明に蘇ってくる。
金属音。
炎の熱。
砕ける音と、悲鳴。
思考は、すぐにそこへ引き戻されてしまう。理屈で考えようとすると、身体が拒否する。まるで、思い出すこと自体が危険だと言わんばかりに。
私は、隣に座るラウウルの方を見た。ラウウルは、早朝の静かな空を、何も言わずに見上げていた。その表情は、驚くほど穏やかだった。澄んだ、どこか清々しい顔をしている。
長いあいだ蔵に閉じ込められていた彼にとって、窓枠も柵もない夜空を見るのは、久しぶりだったのだろう。
それとも――自分を虐げてきた村の人間たちが、もういないことへの解放感なのかもしれない。
そのどちらなのか、あるいは両方なのか。私には、まだ分からなかった。
「Ua makemake mau au e nalo.」
――僕、ずっと消えてしまいたいと思ってたんだ。
唐突に、ラウウルがそう口にした。あまりにも静かな声だったせいで、一瞬、聞き間違いかと思った。
私は返す言葉を探した。だが、どんな言葉も、喉の奥で形にならずに消えていく。
「Akā... i kēia lā ua ʻike au he wahaheʻe ka mea aʻu i manaʻo ai.」
――でも……今日、それが嘘だったって分かった。
彼は空から視線を外さないまま、続けた。
「Ua pepehi lākou i ka makuahine a me ka makuakāne.」
――アイツらは、パパとママを殺したんだ。
その言葉には、怒りも、泣き声もなかった。ただ、事実を述べるだけの、静かな響きだった。ラウウルは、そこでようやくこちらを見て、そして、昔のことを話し始めた。
紅い瞳を持って生まれたラウウルは、生まれた直後、大人たちによって「間引き」されそうになった。異質なものを排除する――それは、彼らにとってごく自然な判断だったのだろう。
彼の両親は、それを必死で止めた。泣き叫び、頭を下げ、時には怒鳴り、時には地面に額をこすりつけた。
村の者たちは、条件を出した。
村の外れで暮らすこと。
極力、村民と関わらないこと。
それを守るなら、ラウウルの生存を許す。
――村八分だ。
ラウウルが五歳になった頃、数日間にわたって豪雨が続いた。近くの川が氾濫し、濁流が村の近くまで迫った。村民たちは、それをラウウルが招いた「災い」だと決めつけた。理由など、後からいくらでも作れた。
彼を生贄として、川に落とそうとした。当然、ラウウルの両親は反対した。
すると村民たちは、別の条件を突きつけた。ラウウルを見逃す代わりに、彼の両親が、生贄になること。ラウウルの生存を保証するなら――それが条件だった。
彼の両親は、その要求を受け入れた。迷いは、なかったのだろう。
翌日、豪雨は止み、川の氾濫は嘘のように治まった。村は助かった。
ラウウルは、蔵に閉じ込められた。最低限の食料だけを与えられ、生かされた。時折、蔵から出されては、ゴミや死体の処理をさせられた。人の嫌がる役目は、すべて彼に押しつけられた。
――厄災の象徴として。
彼の話を、私は黙って聞いていた。というより、掛けるべき言葉が、どうしても見つからなかった。同情も、慰めも、怒りも。どれも、この現実の前では軽すぎる気がした。
それでも、話し終えたあとのラウウルの表情は、穏やかだった。どこか、肩の荷を下ろしたような、静かな顔をしていた。
――この子は、どれほどのものを、一人で抱えてきたのだろうか。
私は、ただ隣に座り、同じ夜空を見上げることしかできなかった。




