-第十三話:崩壊-
時間の感覚が、完全に消えていた。どれほど身を潜めていたのか分からない。ただ、息をひそめ、微動だにせず、ラウウルと肩を寄せ合ったまま、闇の中で固まっていた。
外では、いまだに無機質な金属音が響いている。一定の間隔で鳴る、あの甲高い音。続いて、何かが砕ける重い衝撃音。そして、途切れ途切れに上がる叫び声。
それらすべてが、夜の空気を引き裂いていた。耳を塞ぎたい衝動を、必死で押し殺す。音を遮断することは、状況を見失うことと同義だ。
――聞け。
――生き延びるために。
やがて、蔵の外から、はっきりとした足音が近づいてきた。砂利を踏みしめる音。
ラウウルの手が、私の袖の中でぴくりと震えた。それが伝わった瞬間、私の喉も、反射的に鳴りそうになる。空気を吸い込むだけで音が出そうで、歯を食いしばった。
ギィ……。
蔵の扉の、錆びついた蝶番が、わずかに軋む。誰かが、外から覗き込んでいる。
私は目を閉じた。
見られている――そう思っただけで、心臓が跳ね上がる。
だが、入ってこない。足音は、扉の前で止まったままだ。炎の明かりで、外側だけがぼんやりと照らされている。そのおかげで、闇の奥に沈む私たちの姿は、溶け込んで見えないのかもしれない。
――頼む。
――気づくな。
「He ʻole lākou i ʻike iā mākou…」
――見えてない……。
ラウウルが、かすれるような声で囁いた。
その直後だった。
ズガアアンッ!!
蔵の裏手――ちょうど、壁一枚隔てた向こう側――で、鉄球が炸裂した。衝撃とともに、木片と土埃が一気に舞い上がる。
反射的に、私たちは身を縮めた。鼓膜が震え、内臓が揺さぶられる感覚。床が傾き、蔵全体が大きく軋んだ。太い梁が、「バキィッ」と、悲鳴のような音を上げる。
「ʻO Rauuru! Ua maikaʻi anei ʻoe?」
――ラウウル! 大丈夫?
叫ぶつもりはなかった。だが、声は勝手に喉から漏れていた。
「ʻAe…」
――うん……
ラウウルは、崩れた体勢を必死に整えながら、小さな声で答えた。それを聞いて、ほんのわずかに安堵する。
次の瞬間。
ズガアアンッ!!
バギッ!!
高床式の蔵を支えていた柱の一本が、鉄球によってへし折られた。重心を失った蔵は、耐えきれず、ゆっくりと――しかし確実に――傾いていく。
ギギギ……。
嫌な予感が、全身を貫いた。蔵は大きな音を立てて倒れた。天地がひっくり返るような衝撃。私たちは、ただ中で蹲り、身を固めることしかできなかった。木材が軋み、瓦礫が降り注ぐ。
――終わったか。
一瞬、そんな考えが頭をよぎった。
だが、幸いにも、私たちは木材の下敷きにはならずに済んだ。屋根が草葺きだったことが、衝撃を和らげてくれたらしい。
――安堵している場合じゃない。
「E holo kākou!」
――逃げよう!
私は叫びながら、ラウウルの手を強く引いた。
「こっちだ!」
立ち上がった瞬間、粉塵が喉に入り、激しく咳き込みそうになる。それをこらえ、瓦礫の隙間を這うようにくぐった。崩壊した壁の隙間から、夜の空気が一気に流れ込んでくる。冷たい。だが、生きている証拠だ。
ラウウルが、迷いなく身を滑らせ、蔵の外へ飛び出した。私も、その背中を追う。後方で、再び鉄球の発射音が響いた。振り返る余裕などない。
私たちは、夜の闇へと駆け出した。燃えさかる集落の影を縫うように、身を低くしながら走る。火の手が弱い場所、視線が届きにくい場所を、無意識に選び続けた。
やがて、近くの林へと飛び込む。枝葉が顔を打ち、足元の土が滑る。それでも止まらない。背後では、いまだ鉄球の音と悲鳴が交錯していた。だが、それらは、少しずつ、確実に遠ざかっていく。
気がつけば、夜の静けさが戻っていた。虫の音。風が葉を揺らす音。私たちは木の陰に身を潜め、肩で息をしながら、顔を見合わせた。言葉は、すぐには出なかった。
――生き延びた。
そう実感した瞬間、膝から力が抜けそうになる。夜空の向こうが、わずかに白み始めていた。
ラウウルが、小さく呟いた。
「He ākea ka lani…」
――空が広い……。




