-第十話:ラウウルの視る光-
「ʻAʻole hiki i nā poʻe ʻē aʻe ke ʻike iā “mālamalama”?」
――他の人には、「光」は見えないの?
私は慎重に言葉を選びながら尋ねた。ラウウルの視線は、私の背後――いや、もっと奥、空気そのものを覗き込むような場所に向けられている。
「ʻAe.」
――うん。
迷いのない即答だった。ラウウルには、私や他の誰にも見えない「光」が見えているらしい。それが幻覚の類なのか、あるいは実際に存在し、彼にだけ知覚できる何かなのか――正直、判断はつかなかった。
だが、ひとつだけは確信できる。彼は、嘘をついていない。視線の動き。言葉の間。説明しようとするときの、わずかな戸惑い。どれもが「作り話」を語る者のそれではなかった。
「Pehea e hana ai kekahi?」
――他の人は、どうやってやるの?(魔法を使うの?)
私の問いに、ラウウルは少し考え込むように首を傾げ、それから答えた。
「E aʻo mai nā mākua. ʻAʻole au i aʻo ʻia.」
――大人から教わる。僕は、教わっていない。
……なるほど。
つまり、魔法は本来、親から子へ、あるいは大人から子供へと受け継がれていく技術なのだろう。忌子として隔てられていたラウウルには、その機会がなかった。教えられず、導かれず、それでも――彼は「光」を見て、独力で魔法を身につけてきた。
才能、という言葉で片付けるには、あまりにも孤独な習得だった。
「Hiki iaʻu ke hana pū?」
――私にも、できるかな?
内心では半信半疑だった。見えないものを、どうやって真似るというのか。それでも、ラウウルは少しだけ笑った。
「ʻAe. E ho'āʻo e hoʻohālike mai iaʻu.」
――うん。僕の真似してみて。
私はバケツの前に近づき、両手を差し出す。指先を寄せ、自然とお椀型を作る。子供の頃、川で水をすくったときの形だ。
そして、「光」を――
ラウウルが見ているという、それを、手のひらからバケツの水へ注ぐように、想像した。……正直、何も見えない。だが、見えないからといって、存在しないと決めつけるのは早計だ。
「E hoʻoikaika iki i ke kukui.」
――もう少し、「光」を強くして。
「強くする」。
その意味が、いまひとつ分からない。
私は、より鮮明に、より具体的に「光」を思い描いてみる。ぼんやりした概念ではなく、輪郭を持った何かとして。
「ʻO kēlā leo. E noʻonoʻo e kahe ana ka wai.」
――その調子。そのまま、水が湧き出るのをイメージして。
私は目を閉じる。川底。冷たい石。隙間から、静かに、しかし絶え間なく湧き出す水。流れは小さく、だが確かで、止まることを知らない。
その情景が、頭の中で異様なほど鮮明になった、その瞬間――
お椀型にした手のひらの底から、透明な水が、静かに湧き出た。驚きよりも先に、感覚が来た。冷たさ。重み。確かな存在感。
「kupanaha!」
――すごい!
ラウウルの声が弾む。私自身も、しばらく言葉を失っていた。
……出た。
理屈ではなく、確かに、ここに。私は掌に溜まった水を、そのまま口に運んだ。舌に触れた瞬間、驚くほど澄んだ感触が広がる。金属臭も、薬品臭もない。ただの水。いや――それ以上に。
「美味い!」
思わず、そう口にしていた。
それは、初めて“自分で生み出した”ものの味だった。




