-第一話:未知との遭遇-
「この芋虫って食べられるのかな?」
私は嫌そうな顔で呟いた。目の前ではナマコほどの大きさの芋虫が木の幹を這っていた。その体は熱帯生物らしいカラフルな縞模様で彩られており、それがまた私の食欲を削いでいた。この世界では細菌や寄生虫が熱で死滅するかどうかは不明だが、料理には必ず火を通す必要がある。
この三日間、熱帯雨林のジャングルのような場所にいるおかげで、食料には困らなかった。そこら中に実る果実を摘んで食べれば十分だった。 地球の果実であれば、自らを動物に食べさせてその種を遠くへ運ばせるために毒を持たない。この世界の果樹も自然淘汰の法則に従って進化してきたとすれば、その果実もやはり毒を持たないだろう。私は恐る恐る果実を手に取り、命を繋いだ。
果実を食べることでビタミンと水分は得ることができたが、当然タンパク質は摂取できていない。この森からいつ出られるか分からない以上はタンパク源を確保するのは重要な課題だろう。そう思い、もう一度目の前の巨大芋虫を見つめる。……、改めて全く食欲が湧かない。
そんな葛藤をしていると、突然芋虫の尻から糸の束が放たれ、近くの枝に絡みついた。芋虫は木の幹から足を離し、その糸を利用して振り子のように移動しながら空中で糸を切断し、新しい枝へと糸を付着させる。この要領で芋虫はあっという間にジャングルの遠くの方まで行ってしまった。
「何なんだあの芋虫…、面白すぎる…。」私は驚きながらも興味津々だった。
…三日前…
ジメジメとした暑さにうなされて私は目を覚ました。目を擦りながら上半身を起こすと自分の足元でアルマジロほどの大きさのダンゴムシのような生物が触覚を蠢かせていた。
「うわぁぁぁ!!」
驚いて飛び上がると体が1.5mほど跳び、その後一瞬ふわっとした浮遊感を感じた。
「は!?」
混乱しつつ、辺りを見渡す。すると自分が巨木に囲まれていることに気がついた。木の幹は力士3人を束にしたほどに太く、その表面にはシダ植物に似た植物が這っている。背丈も見上げれば首が疲れるほどに高い。その葉は大きく綺麗な緑色で、深い切れ目の入った深裂葉である。果実が実っている木々もあり、その色は赤や黄色といったカラフルで目を引くものであった。
「熱帯雨林…か?」私は脳内で環境を整理しようと必死だった。
足元にいた巨大ダンゴムシの横腹に足がコツンと当たった。その瞬間、ダンゴムシは丸くなり、そのままスーパーボールのように跳ねながらどこかへ行ってしまった。それがまた頭を混乱させた。
「ひとまず落ち着こう…。」
私は落ち着くために木の幹に背を預け腰を下ろした。
まず昨日の夜、私は博士論文の提出期限に追われて徹夜で作業していた。専攻は植物学、特に植物生理学で、シダ植物の光合成のメカニズムについて研究していた。実験や観察は終わっていたが、それを論文にまとめる作業がまた大変だった。しかも英語で書かなくちゃならないし…。連日の作業に疲れ切った私は机の上で気を失うように寝落ちしてしまった。
「はずだった…。」
私は夢かどうか疑ったが、目の前の光景や土の匂い、背に感じる感覚はあまりにもリアルで、そうは思えなかった。
次に自分の体を見回した。まず全裸だ。なんで服着てないんだよ…。幸い気温は高いので低体温症等になる心配はないだろう。むしろ過ごしやすくすらある。
そして、その滑稽にも全裸な自分の肌の色があまりにも白すぎる。色白と呼ばれる人の肌のような白さではない。それはもはやメラニン色素そのものが存在していないのではないかと思わせるような白さだ。またその白さからこの体がもはや昨日までのものと同じではないことを理解した。髪の毛を一本抜いて手に取ってみる。
「…、やっぱり髪も白いな。」
髪の毛が白いことは大体察しがついていた。何せずっと視界に入っている陰毛の色が真っ白であるからである。
「これ…、まずくないか?」
このジメジメとした暑さから察するにここは熱帯気候である。だとすると日差しが強いはずであり、この白い肌は紫外線によるダメージを受けやすいはず。
「というか、ここは何処なんだ?」
先ほど遭遇した巨大なダンゴムシは地球では少なくとも発見されていないはずだ。それに跳ねるように逃げていく生態など聞いたことがない。
「新種のダンゴムシか?」
あのダンゴムシが新種なだけでここは地球なのだろうか?そう楽観的に考えてみるのだが、仮にそうだとしても、自分の周りに広がる熱帯雨林の説明がつかない。植物学を専攻している自分が見たことも聞いたこともないような巨大な植物たちがそこら中に生えている。これほど目立つ植物たちが群生していて人間に見つからないはずがない。そして何より、先ほど感じた浮遊感だ。
私は立ち上がりその場で垂直跳びしてみる。するとやはり1.5mほど飛び上がり一瞬の浮遊感を感じた。垂直跳びの記録はバスケットボールのスター選手でも1.2mほどだったはずだ。平均的な成人男性はその半分程度だったはず。
「やっぱりここ地球じゃないのか…?」
投げやりげに言いながら、背伸びをして自然と伸ばした手の方を見る。そしてあることに気がつく。
「太陽が…、2つある…。」
二つの太陽が空を照らし、その光線は熱帯雨林全体に降り注いでいた。




