第94話:「風の殉命」
隼風は無限石を握りしめたまま、風を纏い――
高く跳び上がった。
天井すれすれまで舞い上がったその姿は、まるで一条の閃光のようだった。
「――これで、終わらせる……!」
次の瞬間、隼風は真下の辰月に向けて、垂直に落下。
空気を裂き、雷鳴のような音と共に、風の奔流が爆ぜる。
それに気づいた辰月は、顔を僅かにしかめ、すぐさま腕を振り上げた。
「……邪魔だ」
空間を斬るような斬撃が、何本も空中に走る。
光の弧が伸び、斬撃が隼風の体を貫いた――!
「ぐああああああッ!!」
左目が砕け飛び、右腕が断ち切られる。
血飛沫が宙に舞う。
だが――
隼風の速度は落ちなかった。
「っっ……まだだ!! まだ、終わってねえ!!!」
狂気すら宿す叫びと共に、隼風はただ突き進む。
痛みも、命の危機も、何もかもを振り払い――
無限石を握った左手だけで、真っ直ぐに辰月の心臓を狙う。
その瞬間。
「八谷!! 撃てェ!!」
辰月が、振り返って叫んだ。
場の隅で沈黙していた八谷は、ハッと顔を上げ、ポケットの中から細く鋭いナイフを取り出す。
それを隼風に向け、目を細め――
「……もう遅い」
その時だった。
「ああああああッ!!!」
陽の絶叫が、空間を割った。
陽が炎を纏い、まるで火の塊のように駆け抜けた。
ナイフを放とうとした八谷の下に滑り込み――
ドンッ!!
強烈な跳躍で、八谷の顎を真上から蹴り上げた!!
八谷の体が宙に浮き、ナイフが無力に床に転がる。
「ぐっ……!」
八谷は意識を刈り取られるようにそのまま倒れ込んだ。
その隙に――
隼風が、無限石の一撃を辰月へと叩き込む。
命を削り、体を引き裂かれながらも届いた一撃。
空間が、揺れる――!
その場には、風と光と、圧倒的なエネルギーのうねりが広がっていた。
そして――
「……っ、だめだ!」
葵生が、震える声で叫ぶ。
目には涙を滲ませながら、スマホを通して無限石の反応を確認した葵生は、はっきりと悟っていた。
「ここは危ない! 無限石が、崩壊寸前まで暴走してる!」
「爆発が起きる!! 今すぐ、ここから離れろ!!!」
その声に、皆が一斉に顔を上げる。
だが、千紗だけは動けなかった。
「……じゃあ、隼風は?」
掠れた声で問う。
「隼風はどうなるの!? まだ……そこにいるんだよ……!」
葵生は、何かを言いかけた。
でも――
喉が詰まり、何も言葉が出てこなかった。
わずかに震える唇、握りしめた拳。
代わりに、その沈黙がすべてを物語っていた。
「…………っ」
千紗は目を伏せ、唇を噛み締めた。
夕音が肩に手を置き、静かに促す。
「……行こう。今は、生きなきゃ」
葵生は涙を拭い、八谷の方を見た。
気絶して動けないその体を、官野が無言で抱き上げる。
「こいつは、俺が運ぶ。行こう」
そして、皆は振り返らずに駆け出した。
巨大な装置が震え始める音と、隼風の姿が揺れる残像となって、誰の胸にも焼き付いていた。
誰も、何も言えなかった。
ただ――
その背に、風の気配だけが、優しく、切なく、追い風のように吹いていた。




