第93話:「断ち切る風」
八谷の指先が動く。能力によって、辺りの瓦礫や機械部品が浮かび上がり、空中を舞い始めた。
「みんな、殺してやる...!」
だが、それよりも――ほんの一瞬だけ早く、隼風が動いた。
「くっ……っっっ……うおおおおおおお!!」
重たく、圧し掛かるような無限石の斧を、隼風は全身全霊の風力を纏いながら振りかぶる。風の渦が彼の背後に立ち上り、巨大な旋風と共に斧を辰月へ向かって投擲した。
空気が裂け、風が唸る。
斧は閃光のごとく、一直線に辰月へ――
「……!」
辰月の表情が、わずかに動いた。
普段冷徹なその顔に、“焦り”の色が浮かんだ。
だが――
「ぐっ……!!」
ドンッ!!
鈍い音が響く。
斧は、その直前に割って入った巌谷の体を深く貫いた。
「……貴方が、……この世界を……」
巌谷の唇が震えながら動く。
それは、最期の言葉だった。
「守る……んだ、……辰月様……!」
血が溢れ、斧の柄から滴り落ちる。巌谷はその場に膝をつき、重力に従うように、崩れ落ちた。
仲間たちの間に、重たい沈黙が走る。
隼風の目が見開かれる。
「……巌谷……」
だが、辰月は微笑んでいた。
「さすが、私の忠義者……
……さあ、“融合”は……あと少しだ」
中央にある無限石のコアが、脈動を速める。まるで命を宿したように、光が空間を飲み込み始めていた。
「……もう、止まらない」
葵生の手が震える。
夕音は言葉を失い、陽は立ち上がることさえままならない。
隼風は呆然と立ち尽くし、口元を噛みしめた。
──唯一の“止める手段”は、消えた。
希望の灯火が風に揺れ、今にも消えそうなその時――
誰もが、胸の奥に、じわりと“諦め”の色を滲ませていた。
その場に立つ誰もが思った。
「もう、間に合わない――」
沈黙を裂くように、葵生が静かに口を開いた。
「……まだ、“方法”はある」
皆が、一斉に葵生に視線を向ける。
隼風が真っ直ぐに詰め寄った。
「何だ、それは!? 本当か……!?」
葵生は頷き、ポケットから小さな黒いケースを取り出す。そしてゆっくりと開けた中には――
緑色に輝く無限石が、確かに存在していた。
「……っ!」
誰もが息を呑む。
「どこで、それを……?」
千紗の声は震えていた。
葵生は静かに答えた。
「……前に、偶然、手に入れた。
でもこれは……武器にも装着してない、ただの“石”。
“辰月を倒せるほどの力”はない。
でも……“起こせるかもしれない”……何かを」
その言葉に、誰もが躊躇う。
だが、一人だけ――その迷いを振り払った者がいた。
「なら……やるしかないだろ……!」
隼風だった。
その目はまっすぐに葵生を見据え、迷いもなく、葵生の手から無限石を奪い取った。
「隼風!待って!!」
夕音の声が響くが、それは届かない。
「隼風、ダメだ!! 行くな!!」
官野が手を伸ばす。千紗も息を荒くしながら止めようとするが――
遅かった。
「うおおおおおおおッ!!!」
隼風は風を纏い、無限石を握りしめながら、
真っ直ぐに辰月の元へ突っ込んでいった。
彼の体を包む風は、もはや暴風となって周囲を巻き込み、
その叫びは、今までの全てを賭けた魂の咆哮だった。
――まさに、無謀とも言えるその突進。
だが、それでも。
“止まるわけにはいかなかった”。
彼の中で叫ぶ声があった。
「このまま終わらせてたまるか……!」
光の中へ、風の矢となって、隼風は――突入する。




