第92話:「視線を超えて」
――八谷のナイフが陽の首筋に軽く食い込む。
その場の空気は張り詰めた糸のように、今にも切れそうだった。
「……さぁ、どうする? そっちの“正義”は、彼女の命より大事?」
八谷が挑発的に言ったその時。
「いや……間に合う」
葵生がぽつりと呟いた。
ふと、葵生はポケットからスマートフォンを取り出す。
そして、とある番号に電話をかける。
「無駄だよ。誰に連絡しようが、ここに来れる時間はない。目の前で彼女、死ぬよ?」
八谷が皮肉たっぷりに笑う。だが、葵生はまったく動じなかった。
電話の向こうで、“応答音”が一度、二度、三度――
「……今すぐ、ここに来てください」
その一言と共に、葵生はスマホのカメラを八谷の方へと向けた。
次の瞬間――
バシュンッ!
空気が弾け、歪むような音と共に、八谷の目の前に一人の男が突如現れる。
「……誰――!?」
八谷が目を見開く。
その男――官野邦康は、静かに陽へと手を伸ばす。
「掴まれ」
陽の腕をそっと握ると、再び空間が揺らぎ、
バシュンッ!!
――一瞬で、陽と官野は姿を消した。
「なっ――!?」
八谷の視線がぐるりと周囲を見渡すと、すぐ近く、仲間たちの元に2人が現れていた。
千紗が叫ぶ。
「陽っ!!」
夕音も、驚きと安堵が入り混じった表情で駆け寄る。
隼風は握っていた斧をしっかりと持ち直すと、再び八谷へと視線を戻す。
八谷は、一瞬、何が起こったのか理解できていなかった。
「……瞬間移動……? 今の、どうやって……?」
葵生は静かに言い放った。
「――映像で“見える”なら、官野さんはどこへでも来られる。
君の目の前だろうと、関係ない」
八谷の表情が強張る。
緊張の糸が、一気に敵の側へ傾き始めていた。
「……ずるいね、普通に」
八谷は舌打ちした。
辰月は微笑を浮かべながら、静かに語る。
「面白くなってきたな……だが、それでも“融合”は止まらない」
核の輝きが、一段と強く脈動した――。




