第82話:「風と鉄」
湿った空気の中を抜け、隼風はぬかるんだ地面を踏みしめながら進んでいた。
そして――
「宮河!」
彼女が閉じ込められた、あの装置の中心に辿り着く。
罠のように組まれた複数の柱が緑色の光を放ち、結界のように宮河の動きを封じていた。
中にいる宮河は、腕を組んだまま顔を上げた。
「……あら、来たの? ま、想定はしてたけど」
「今、助ける!」
隼風は装置の根元へ駆け寄る。だがその瞬間――バチッ!と音を立てて緑の光が弾け、隼風の手をはねのけた。
「触っても無駄。無限石の装置よ。……私でも喰えなかった」
「無限石……!」
隼風は歯を食いしばる。
なんとかして弱点を探そうと目を走らせたその時。
「――おい」
低く、重い声が背後から響いた。
隼風の動きが止まる。ゆっくりと振り向く。
そこに立っていたのは、重装鎧を身にまとい、肩に巨大な斧を担ぐ男――
「厳谷迅……!」
その名を口にした瞬間、隼風の背筋に戦慄が走った。
「俺の名前、覚えててくれて光栄だな」
厳谷はゆっくりと歩を進める。その両目には包帯が巻かれていた。だが、その一歩一歩は迷いがない。
「妹を……あんな目に遭わせた奴を、忘れるわけがない」
「そうか。だが、俺は“命”までは奪ってない。……それだけ、感謝してもらわないとな」
「……!」
隼風が怒りで風をまといはじめたその瞬間――厳谷の斧が微かに動いた。
「やれやれ、俺の役目は、おまえをここで始末することだ。……辰月様の信頼に応えるためにな」
ゴゥッと、厳谷の体から風とは違う“力の圧”が立ち上がる。鎧には、無限石が鈍く光っていた。
「無限石……!」
「“神速”も、“幻影”も――全部使わせてもらう。失敗は許されねぇからな」
「……」
「それに、俺には“先取り”がある。おまえの動き……なんであろうが、一歩先に読む。たまに、だがな」
静寂の中、泥の跳ねる音だけが響く。
そして、斧を構える厳谷。
「さぁ……来い。柄本隼風。妹の無念を晴らせるならな」
隼風の全身に風が渦巻く。
「必ず超えてみせる。ここでお前を倒して――宮河も助ける!」
風と鉄がぶつかる直前――戦いが、始まろうとしていた。




