第81話:「感情なき刃」
一方そのころ――
長い廊下を進んでいた陽、千紗、夕音、葵生の4人は、ふと異変に気づいた。
「……今の聞こえたか?」
葵生が低く囁く。
その直後、廊下の奥から重く響く、複数の足音が近づいてくる。
「こっちに向かってくる……!」
陽が息を飲むのと同時に、4人は咄嗟に通路脇の柱の影へと身を隠した。
――カツ、カツ、カツ。
金属音とブーツの踏み鳴らす音が、次第に大きくなってくる。
その影から覗いた先には、複数の武装した敵兵。
全員が銃を構え、警戒しながら通路を進んでいる。
「……捜索してる。完全にバレてるわけじゃないけど、このままじゃ見つかる」
葵生が小声で言うと、その隣で夕音が目を細めた。
「……この明るさなら、使える」
「……え?」
「影が広い。――“テネブリス・スビレ”で仕留める」
夕音の声は、いつになく冷静だった。
「任せて。少しだけ待ってて」
「……わかった」
3人が頷くのを見届けると、夕音の雰囲気が一変する。
影の中に足を踏み入れた瞬間、彼女の姿がすうっと闇に溶け込んでいった。
――そして、静寂。
敵兵たちが通路を通過しようとしたその瞬間、
「……っ!?」
気づけば、最後尾の一人が音もなく倒れていた。
それに誰も気づかない。
次の瞬間、また一人。首筋を切られ、声すら出せずに崩れ落ちる。
「なっ……!?」
ようやく異変に気づいた敵兵が振り返る頃には、もう遅い。
彼らの背後――影の中から、すでに夕音が立っていた。
瞳には一片の感情もなく、ただ任務を遂行する者のそれ。
シュッ――
鋭いナイフが正確に喉元を裂き、影の中にその身体が吸い込まれる。
そのまま数秒で、すべての敵が沈黙した。
……影から再び姿を現した夕音の手には、血の滲むナイフ。
「終わった」
そう言って表情ひとつ変えず、ふたりの元に戻ってくる。
千紗は小さく震えていたが、声に出さずにただ見つめる。
葵生は、その戦いぶりに小さく呟いた。
「……やっぱり、影の夕音は、別人みたいだね」
静寂の戻った通路の中、4人は再び歩き出す。
――影の中に潜む者。その刃は、確実に敵を狩り取っていた。
足元に倒れた敵兵たちを一瞥した葵生は、すぐに顔を上げた。
「……敵がここまで来たってことは、どちらかが会敵した可能性が高い」
「どちらか……?」
千紗が問い返すと、葵生は頷く。
「兄さんか、末政さんか。そのどちらかに異変が起きてる。私たちがゆっくりしてる時間はない」
その言葉と同時に、葵生は足を踏み出した。
「……行こう。辰月のもとに向かう」
「オッケー!」
「うん……!」
「了解」
4人は再び駆け出す。薄暗い廊下を、全力で。
その途中、千紗がふと、横を走る夕音に視線を向けた。
「ねえ、夕音ちゃん……」
「なに?」
「……人を、殺すのって……怖くないの?」
その問いに、夕音は一瞬だけ黙った。
だが、走る速度は緩めないまま、まっすぐ前を見据えて答えた。
「……別に」
「え?」
「私は、“正しいかどうか”じゃなくて、“任務かどうか”で動いてる。班長が必要とするなら、それが殺すことでも、迷わない」
夕音の声は、まるで機械のように冷静だった。
その目に、恐れも、迷いもなかった。
千紗はその言葉をすぐには返せなかった。
だが彼女の中で、確かに何かが揺れた。
――この場にいる誰もが、自分なりの“覚悟”を持っている。
千紗は唇を引き結び、ふたたび前を向いた。
その先には、運命を決する最後の戦いが待っている。




