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第80話:「決別の水際」

人気のない分岐通路を進みながら、隼風と末政は小声でやり取りを交わしていた。


「……何か、手がかりは?」


隼風が問いかけると、末政は足を止め、わずかに目を細めて言った。


「……おそらく、囚われてるのは“封鎖区域の外縁”。しかも湿度が高く、地面がぬかるむような場所」


「……どうしてそう思うんですか?」


「昨日の異変直前、宮河の生体反応が20班本部から一瞬で消えた。転移系の能力か、それに近い手段で強制的に移動させられた可能性が高いわ」


彼女は画面を指し示しながら続ける。


「そして、今朝になって調べた所、微かに“水気を含んだ空気の逆流”が一瞬だけ感知された。ほんの一瞬だけ、湿地帯特有の空気が混じってたのよ」


「湿地帯……」


隼風の表情が引き締まる。


「つまり、あの八谷の出現と関係があるってことですか?」


「ええ。無限石の力を応用した何か――結界、装置、もしくは閉鎖空間。普通の力じゃないわ。……でも、逆に言えば、あれだけ特殊な力を使って封じるってことは、相当な危険を感じる」


末政は鋭く言い切った。


「……宮河は、今も生きてる。簡単には死なない。それはわかる。でも、あのまま放っておけば、いずれ“処理”される」


「つまり……急がなきゃってことですね」


隼風は頷き、風をまとわせた。


「湿地帯、閉鎖空間……何かに囲われてるなら、まずは通気系か排水路。そこから侵入できるかもしれないです」


「ええ。通路は幾つか予測できるわ。私が誘導する」


2人は言葉少なに頷き合い、湿った空気が漂う微かな通路の一角へと向かっていった。


通路の先、淡く光る結界のような空間に――ひときわ異様な存在が立っていた。


「……! あれ……!」


末政の声に、隼風もすぐに目を向けた。


「……アカコス……!」


かつての因縁。セシリアと共に戦い、そして散ったはずの相手。

だが今、アカコス・ルナンガは何事もなかったように、通路の中央に立っていた。薄く笑いながら。


隼風が眉をひそめた。


「今は戦ってる場合じゃ...宮河を先に助けるのが――」


だが、隣にいた末政の気配が一変する。

わずかに震える肩、硬直した足取り――そして、目に浮かんだのは怒りと、深い哀しみ。


「……私は、行く」


「末政さん!」


隼風が慌てて呼び止めるも、彼女はもう止まらなかった。

全身に水のオーラをまとわせ、確かな意志をもって一歩、アカコスの方へと踏み出す。


「……ねぇ、アカコス!」


響き渡る声が、空間に広がる。


アカコスがわずかに顔を上げ、唇の端を吊り上げる。


「……おや? これはこれは、“あの時の盾”か。生きてたんだ?」


末政の目に炎のような光が灯る。


「そうよ。私は、あんたを殺すために生き残ったの。セシリアの代わりに、ここで――全部、終わらせる!」


隼風は一歩踏み出しかけるも、その背を見て止まる。


(……今の彼女を止める言葉なんて、きっとない)


決意に飲まれた背中を、隼風はただ見守るしかなかった。


アカコスの気配が膨れ上がる。

その身に宿る力――全身の筋肉が一段階、いや、それ以上に研ぎ澄まされた獣のような気迫を放ち始める。


「来るか、盾女。……いいだろう。今度こそ、お前を潰す。完璧にな」


その言葉に、末政は静かに構えを取った。

指先に水が集まり、瞬く間に身体の周囲に浮遊する鞭のような水刃が形成されていく。


――だが、その横で隼風が一歩前に出ようとした瞬間、


「待って」


末政の声が、鋭く響いた。


「……これは、私たちの戦い」


隼風は目を見開く。


「でも……!」


「お願い、隼風君。私は、セシリアと一緒に、アカコスと戦ってきた。……あの時、私が生き残ってしまった理由は、まだ果たしてない。だから――今度こそ、自分の手で終わらせたいの」


彼女の声は、震えていなかった。


ただまっすぐに、目の前の「過去」に向けられていた。


隼風はしばらく動けずにいたが、やがて拳を強く握り、頷く。


「……わかりました。宮河さんは、俺が必ず助け出します」


「お願い。……それだけでいい」


その言葉を最後に、隼風は振り返り、湿地帯へと走り出す。

風を巻き起こし、通路の奥へと消えていく彼の背を、末政は一瞬だけ見送り――視線をゆっくり、アカコスへと戻す。


「さて……ようやく2人きりね」


水刃がさらに鋭さを増し、空気を切る音が響く。


アカコスは薄く笑いながら、拳を鳴らした。


「いいぜ。1対1ってのは、私の一番得意な勝負だからな」


――そして、戦いが始まった。


静かな湿地帯の奥で、過去と決別するための一騎打ちが、音を立てて幕を開けた。



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