第76話:「無限の檻」
是津の死を確認し、宮河はくるりと背を向けた。べちゃりと音を立ててぬかるみを踏み、湿地の出口へと歩き出す。
「さて……帰ろうかな。あーあ、服汚れたし……最悪」
ぼやきながら、ぬかるみの縁を越えようとしたその時だった。
――カチッ。
乾いた音がした瞬間、足元に奇妙な柱が複数、突き出すように地面から出現した。
「……何、これ?」
柱の先端には、淡く緑色に輝く無数の結晶体が埋め込まれている。次の瞬間――
ビリビリイッ!
緑色の閃光が走る。空間が震え、奇妙な振動が周囲に広がった。
「っ……!」
宮河は反射的に能力を発動し、黒い“食らう”物体を広げ、目の前の装置を貪ろうとする。だが――
バチィッ!
黒い物体は緑の結界のような光に弾かれ、砕けるように霧散した。
「なっ……」
宮河の目が見開かれる。その瞬間、ぬるりとした声が背後から響いた。
「ふふふ……驚いた?」
白いローブを揺らしながら、ぬかるみの奥から現れたのは――八谷 泠香だった。
「久しぶり、リィズ・テヘダ。……いえ、宮河って呼んだ方がいい?」
宮河は一歩後ろに引き、睨みつけながら問う。
「……この装置、無限石の力ね? まさか、あんたたち……魔族にまで手を伸ばす気?」
八谷は楽しげに頷いた。
「うん。魔族でも無限石の前じゃ、無敵じゃないってこと、今ので少しは分かったでしょ? 普通に」
宮河は静かに息を吐いた。内心、初めて“恐れ”に似た感情が胸をよぎる。
「……それで? 私をどうするつもり」
八谷はローブの裾を払って、口元に冷たい笑みを浮かべる。
「閉じ込めておくの。辰月様が“完全融合”するまで、ね。余計な邪魔をされないように。終わったら……始末する。ちゃんと、殺してあげる。」
宮河は肩をすくめるように笑った。
「へぇ……あんたが殺すの? こんな……おもちゃ使って?」
八谷の笑みが深まる。
「……ほんとは、自分の手でぶっ殺したかったんだけどね。悔しいけど...あなた強いから、普通に。だから、仕方ない。今はこうするしかないの」
結界は徐々に狭まっていく。逃げ場をなくし、捕獲するための“檻”が形を成し始めていた。
そして宮河は、初めて“本気で殺されるかもしれない”という危機に、静かに身構える――。




