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第69話:「名を背負う者」

「……教えてやるよ、隼風。全部な」


アカコスは、陽の首を締める力を少しだけ緩めた。陽は咳き込みながらも、その場に踏みとどまっている。


「古森と塚居サンが一緒に活動してたことは、もう聞いたか?」


「さっき……師匠から聞いた。父は風の使い手で……優秀な隊員だったって」


隼風が絞るように返すと、アカコスはゆっくりと、声を低くした。


「じゃあ、結論から言ってやろう。古森が抜けたのは――塚居サン、お前のせいだ」


「……!」


塚居の目が静かに細められた。


「さらに言えば、俺の人生が狂ったのも、全部……あんたのせいだ」


その目に、静かでありながら怒りと恨みの混ざった激情が浮かんでいた。


「皆は、かつて一つの班だった。古森至竜、塚居サン、それに数名の精鋭。無駄がなく、力もあった、完璧な班だった。だが……ある作戦を巡って、古森と塚居サンはぶつかった」


「……!」


「任務方針の違いだ。

古森は『救える命を優先すべきだ』と言ったが、塚居サンは『作戦の成功を最優先にすべき』と譲らなかった。

結果、班は分裂し、作戦は中止に追い込まれた」


「そんな……」


隼風が小さくつぶやく。


「そのせいで、古森は組織から外れた。失意のまま、奴は姿を消した。そして塚居サンは……何事もなかったかのように、別の任務に移った」


アカコスの声が震え始める。


「でもな――あの時、中止になった作戦の対象地域には、俺の家族が住んでいたんだよ!!」


「……!」


「“救助は後回し”。そう判断された地域の家だった。私はまだ子供で、何もできなかった……」


その手に力が入り、陽が小さく呻く。だがアカコスは止まらなかった。


「炎に包まれた家。煙に咽びながら、私は必死で走った。……だけど、間に合わなかったんだ」


声が、怒りと悔しさに震える。


「父も、母も……燃えてた。助けられなかった……!」


隼風は言葉を失う。塚居は無言で拳を握り締めていた。


「残ったのは妹だけだった。幼かった……震えてた……私だけが、守るしかなかった」


アカコスの目が細くなり、冷たい光が宿る。


「全部……塚居サン、あんたのせいだ。古森がいれば、あの作戦は成功してた。家族も、死なずにすんだ」


「……」


「だから私は、選んだんだよ。辰月の側に付き、この腐った組織と、過去を壊す道を」


そして、アカコスは鋭く言い放つ。


「この腐った秩序を作った“元英雄”たち――更にお前らに、終わりを与えてやるためにな……!」


風が冷たく吹きすさぶ中、隼風と塚居は、それぞれの胸に、重たいものを感じていた。


「……この女と引き換えにしてやる」


アカコスは陽の首に回した腕に力を込めながら、鋭く言い放った。


「条件は一つ。塚居サン――あんたが武器を捨てて、何も持たず、私の目の前に来ることだ」


隼風は目を見開いた。


「は? そんな取引、乗るわけ――」


「……乗るよ」


塚居の静かな声が、隼風の言葉を遮った。


「師匠……!」


「俺のせいで命を落とす者が、これ以上増えるのはごめんだ。これで終わるなら、構わない」


塚居はゆっくりと腰のホルスターから銃を取り出し、地面に落とした。さらに隠しナイフ、予備マガジン、通信機――すべてを地に置き、何も持たぬ姿でアカコスの前へと歩き出す。


「いいだろう」


アカコスは冷たく頷き、陽を無造作に隼風へと投げた。


「陽っ!」


隼風は駆け寄って陽を抱きとめる。陽は少し咳き込んだが、意識ははっきりしていた。


「大丈夫か?」


「……うん、ちょっと苦しかったけど、平気」


そのとき、アカコスはもう一度隼風の方を見た。


「……帰れ、隼風。これは情けだ。お前に塚居サンの“死に様”を見せる義理はない」


隼風は唇を噛みしめた。だが、動こうとはしない。


「……嫌だ。俺は残る。ここで、何が起きようと――師匠を見届ける」


「馬鹿言うな、隼風!」


塚居が振り返り、怒鳴った。その声は、これまでに見せたことのないほどの必死さを帯びていた。


「お前は行け。お前は“未来”を背負う者だ。この街を、この世界を……守る責任があるんだ」


「でも……!」


「だからだ……!」


塚居の目には、静かな覚悟が宿っていた。


「俺は、古森に何もしてやれなかった。アカコスに与えた痛みも、背負って生きてきた。でも……お前には、その過去に縛られず、前を向いてほしいんだ」


その言葉に、隼風の肩が震えた。


陽がそっと隼風の手を握った。


「……行こう、隼風。あたしたちは、まだやるべきことがある」


――風が、静かに吹いた。


アカコスの目が細まり、銃を懐からゆっくりと引き抜く。


塚居は、静かに目を閉じた。


「ありがとうな、隼風。お前に会えてよかったよ」


そして、隼風と陽は、塚居の背を最後に見ながら――その場を離れた。


塚居とアカコスの決着が、今、静かに幕を開けようとしていた。


「くっ……!」


塚居は一瞬、体勢を崩したかと思うと――地面を蹴って跳躍し、空中で手をかざす。その瞬間、辺りに淡い振動が走る。


「ッ……?」


銃を構えていた黒服たちが、一斉に膝をつき、次々とその場に崩れ落ちていった。まるで、目に見えない何かに意識を奪われたように。


「……ふっ、そういえば」


アカコスが薄く笑いながら言った。


「これが塚居サンの能力でしたね。“精神干渉(シレンティア)”……意識のノイズを操作して、敵の集中力や判断力を削ぐ、でしたっけ。まあ――この程度じゃ、私を倒すには足りませんが」


塚居は肩で息をしながら、ふらつく足でなんとか踏みとどまった。だが、表情にはもう、戦意は残っていなかった。


「……俺は……」


ぽつりと、独り言のように呟く。


「……俺は、間違っていたのかもしれない……至竜。お前の言葉を、信じてやるべきだったな……」


静かに目を伏せる塚居。その胸中には、古森至竜――かつての柄本研朗との記憶が去来していた。


「過去を背負うだけで、人を救えると思ってた……でも、それじゃ、何も変えられなかった」


塚居は、抵抗の手を下ろす。


アカコスは無言で間合いを詰める。そして――


「さようなら、塚居サン」


その拳が、寸分の迷いもなく、塚居の腹部に突き刺さった。


「……っ……!」


塚居の身体が大きくのけ反り、鮮血が吹き出す。拳は深々と腹を貫通し、背中側にまで達していた。


アカコスはそのまま、顔を寄せて囁く。


「あなたが殺したのは……古森だけじゃない。私の“人生”もだ」


拳を引き抜かれ、塚居の身体が崩れ落ちる。


崩れながら、塚居は空を見上げ――静かに、誰かに語りかけるように呟いた。


「……隼風……あとは……頼んだぞ……」


そして、塚居の瞳から、光が消えた。

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