第67話:「口火」
一方その頃、陽は小さな商店の前に腰を下ろし、コーラの缶を傾けていた。
「……はぁー、炭酸効くー!」
買い込んだ駄菓子の袋を隣に置き、ベンチに背を預ける。目を細めて空を仰いだ。
(隼風と塚居さん、何の話してるんだろう……でも、あいつがわざわざ2人きりでって言ったんだし、詮索しない方がいいよね)
無理に気にしないように、そう自分に言い聞かせた――その時だった。
ぶおん――と、低く響くエンジン音が耳をかすめる。
商店の前の道を、黒く塗られた大型の車が2台、ゆっくりと通り過ぎていった。窓は黒くスモークがかかり、中の様子は一切見えない。
だが、陽は感じた。確かな違和感。
(……こんな山奥に、あんな高級な車……? あれ、絶対ただの観光客じゃない)
カチン、と音を立ててコーラを飲み干し、空き缶をゴミ箱へと放り投げる。駄菓子の袋を抱えたまま、陽はすぐに立ち上がった。
「……やっぱ、戻る」
彼女は駆け足で坂道を登り始めた。
⸻
その頃、小屋の中では、隼風と塚居の間に静かな緊張が漂い始めていた。
「……俺の親父、柄本研朗――いや、古森至竜って人は、いったい何者だったんですか?」
隼風の問いに、塚居 澄玄は深く頷き、ゆっくりと口を開いた。
「……あいつは、俺と同じ班に所属していた。もう十年以上前の話だ。
風を操る力はお前とは比べものにならん……いや、そう言うと失礼か。だがそれほどに、あいつは異質だった。マスターランクに最も近い男――そう呼ばれていた」
「そんな人が、なぜ突然姿を消したんです?」
塚居の表情に、わずかに陰りが走る。
「……それは――」
その言葉を、彼は途中で止めた。
次の瞬間。
カチャッ、と硬質な金属音が鳴る。
塚居が、腰に携えていた2丁の黒い拳銃を同時に抜き、素早く隼風の方へと向けた。
「……師匠?」
隼風が動揺する。
塚居の目は真剣そのものだった。だが、その奥に見えるのは敵意ではなく、覚悟。
「すまん、隼風。話の続きは……生き残れたらしてやる」
その直後、小屋の外から爆音が響いた。
ドォンッ――!
扉が風圧で吹き飛び、土煙が室内に舞い込む。影が、黒服の男たちの群れが、現れる。
「ちっ、来やがったか」
塚居は即座に反応した。銃声が2発、鋭く小屋に響く。
ドンッ、ドンッ!
扉を蹴り破って突入してきた黒服の男2人が、額を撃ち抜かれてその場に崩れ落ちた。
「右の窓!」
隼風が叫ぶより早く、塚居はすでに手に持っていたナイフを回転させて投げ放った。
ガシャンッ!
窓の向こうにいた男の眉間にナイフが突き刺さり、そのまま後ろに倒れていく。静かに、だが確実に命を奪う動き。
しかし――
ブゥゥゥン……!
機関銃の駆動音が外から響いた。次の瞬間、小屋の壁に穴が穿たれ、木材と埃が舞う。
「隼風、下がれ!」
塚居が叫び、2人はすぐにテーブルの裏に転がり込んだ。
銃弾が容赦なく木材を削り、天井の梁が軋みを上げて崩れていく。
「クソ、まずいな……!」
⸻
一方その頃、陽は既に状況を把握していた。
小屋から少し離れた場所に身を隠し、そっと顔を出す。目の前の坂の下に、あの黒い車が2台停まり、5人の黒服たちが周囲を固めていた。
(5人か……なら、やれる)
陽は小声でつぶやき、右手に火の気配を集めていく。狙いは背後からの奇襲。
「……隼風を撃ったら、許さないからね」
火の矢がその手に宿る。次の瞬間――放つ。
だがその瞬間だった。
背後から、空気を切る音。
「――っ!」
ゾクリ、と背中に悪寒が走った陽が振り返ろうとした刹那。
「きゃあああああああああっ!!」
山に響き渡る、少女の悲鳴。
小屋のほうでも、隼風がその声に気づく。
「陽……!?」
彼の目が見開かれる。
煙と破壊の中、静かだった森が、怒りと混乱に包まれ始めた――。




