第66話:「師のもとへ」
「バイバイ師匠〜!」
陽は笑顔で手を振りながら、遠ざかっていく枚方を見送った。
それを見ていた隼風が、ぽつりと呟く。
「……師匠、か」
「え? 隼風にも師匠っていたの?」
陽が振り返って尋ねる。
「まぁな。風の能力者じゃなかったけど、色々教えてもらってた。小さい頃からずっと」
「へぇ……どんな人?」
「うーん、変わってる人だったよ。人とあんまり関わらなくて、いつも山の中にいてさ。でも……大事なこと、いっぱい教えてくれた」
その言葉に少し懐かしさが滲む。
「じゃあ……会いに行ってみようかなって思ってる。久しぶりに」
「えっ、じゃあ私も行く! どうせ暇だし!」
「いいのか?」
「もちろん!」
こうして、隼風と陽は西区の山奥にある、のどかな里を目指して出発することとなった。
葵生は「研究があるから」と断り、二人は少し早めの朝に本部を後にした。
***
道中、山道を歩きながら陽が尋ねる。
「ねえ、その師匠とはいつからの付き合いなの?」
「5歳の頃から。父さんが亡くなってからな……でも、その師匠のとこに通ってるうちに、なんていうか、世界の見方が変わったんだ」
「ふーん、いいなあ。そういう人に会ってみたかったかも」
「会えば分かるよ。変な人だけどな」
二人は木漏れ日の差し込む山道を進み、やがて一軒の古びた小屋が見えてきた――隼風の記憶の中にあった、あの場所だった。
山道を抜け、木々の間にぽつんと建つ古びた小屋が姿を現す。
「ここが……」
「そう、俺の師匠の家だ」
隼風が扉をノックする間もなく、中から渋い声が聞こえてきた。
「誰だ、こんな朝っぱらから……って、お? あのガキが随分大きくなってるじゃねぇか」
がらりと扉が開き、ひょろりとした体つきに無精髭を生やした男が顔を出す。歳の頃は四十代後半、鋭い目つきの中にもどこか飄々とした雰囲気がある。
「お久しぶりです、塚居さん」
「おう……いや、もう“塚居先生”でも“師匠”でもないか。で?」
彼は隼風の隣に立つ陽をちらりと見て、口角を上げた。
「ふん、おまえ、彼女連れてきたのか?」
「か、彼女じゃねぇよ!」
「ち、違いますっ!」
2人は揃って慌てて否定し、顔を赤らめる。それを見た塚居は、くつくつと笑った。
「ま、いいや。とりあえず入れよ。茶くらいは出してやる」
小屋の中は質素ながらも居心地が良く、温かな香ばしい茶の香りが漂っていた。
3人でひとしきり昔話や他愛のない話をしていたが、やがて隼風の表情が少し真剣なものに変わる。
「師匠……少し、2人きりで話したいことがあって」
陽がむっとして口を尖らせる。
「え、私仲間はずれ?」
「ごめん、ちょっと大事な話なんだ」
「……ちぇっ」
陽がむくれる中、塚居が茶を飲み干しながら言った。
「ちょうどいい。この小屋の坂を少し下ったとこに、昔ながらの商店がある。時間潰すにはちょうどいいだろ」
そう言って、彼は懐から小銭をいくつか取り出し、陽に渡した。
「好きなもんでも買ってこい。菓子でも、茶でもな」
「……わかったよ。すぐ戻ってくるからね」
名残惜しそうに陽が小屋を後にし、外の扉が閉まる。静寂が戻ると、隼風は真剣な表情で口を開いた。
「師匠……今、世間を騒がせてる“辰月志楼”のこと、知ってますか?」
「まあな。連中の名前くらいは耳に入ってる。派手にやってるからな」
「……先の作戦で、俺はそいつと接触しました。辰月志楼は……俺の異母兄だったんです」
塚居の目が、わずかに細められる。
「……続けろ」
「本当の名前は“古森志楼”。それに、俺の父――“柄本研朗”の本名も、“古森至竜”だって言ってました」
静かな室内に、重く響く言葉。塚居は無言で茶を置き、窓の外に視線を向けた。
「古森、か……まさか、またその名前を聞くとはな」
「……師匠、俺の父について、何か知ってるんですか?」
隼風の問いに、塚居はゆっくりと視線を戻した。
「……話すべき時が来た、ってことかもな」




