第64話:「死の定義」
宮河は瓦礫の中から、ゆっくりと身体を起こした。
崩れた石を払いながら、表情にはまだ余裕が残っていた。
「なるほど……時間ね」
その声は静かだったが、確かに興味を持っているような口調だった。
薄く笑みを浮かべながら、枚方を見据える。
しかし、枚方は一歩も引かず、静かに挑発する。
「何? もう終わり? それとも、“食べる”だけが取り柄?」
その言葉に、宮河の表情が一瞬だけ固まる。
だが次の瞬間、不気味な笑みを浮かべながら口元を引き上げる。
「フフ……ククッ……あはははははは!」
笑いとともに、背後から黒い物体が蠢き始める。さきほどとは比にならないほどの濃さ――明らかに、次の一撃は本気だ。
だがその時だった。
――ズドォン!!
少し離れた場所から、爆音が響いた。
その音に気づいた時には、もう遅かった。
宮河は防御の構えを取る間もなく、銃弾が額を撃ち抜く。
顎から上が――吹き飛んだ。
頭の一部が空中で弾けるように霧散し、床に血とともに崩れ落ちる宮河の身体。
沈黙が広がった。
「……やった、か」
葵生が呟く。胸を撫で下ろし、作戦の成功に安堵の色を浮かべた。
「ふぅ……ナイス狙撃」
枚方もようやく肩の力を抜いた。
「……あの女、いったい何者だったんだ……」
隼風は立ち尽くしながら、吹き飛ばされた宮河の頭部があった場所を見つめる。
陽は小さく「うっ」と声を漏らし、思わず顔を背けた。
手で目元を覆いながら、死体を直視できずにいる。
「こちら星也、狙撃成功。……もう動いてないな」
吹き抜けの上から、星也の冷静な声が聞こえた。
部屋には、微かに血の匂いが混ざり合った、重苦しい空気だけが残っていた。
全員で地下の扉の前に集まり、再び閉ざされた鉄の取っ手に手をかけようとしたそのときだった。
「うわあああああっ!!」
――星也の悲鳴。
咄嗟に全員が振り向く。
吹き抜けの階段の上、さっきまで狙撃していた位置。そこに立つ星也のすぐ横に、死んだはずの宮河がいた。
その手から、黒く蠢く“それ”が伸び、星也の喉元に今にも触れんと迫っている。
「嘘だろ……っ!」
隼風が恐る恐る、さっきまで死体があったはずの場所へ目をやる。
そこには……血痕しか残っていなかった。
「ま……間違いなく……俺の狙撃銃は頭をぶち抜いたはずだ……!」
星也が震える声で宮河に言う。
だが、宮河は穏やかな口調で、まるで日常の挨拶でも交わすように答える。
「そうだね。間違いなく殺されたよ、私は。だが……分身でも幻覚でもない」
彼女の声は、妙に澄んでいた。
隼風や陽、柚月も困惑し、ただ階段の上を見上げるしかなかった。
そのときだった。
「……まさか」
葵生が、小さく呟いた。
皆が彼に視線を向ける。葵生は考えをまとめながら口を開いた。
「能力ってのは基本、ひとりにひとつ……。あの黒い物体が能力なら、もう一つ、“不死身”の能力なんて持ってるのはおかしい」
葵生の目が、じっと宮河を見据える。
「だったら……そもそも“人間じゃない”ってことか」
その言葉に、全員が静まり返る。
宮河はにこりと笑う。その笑顔は、どこか――空虚だった。
「正解」
――ドクン、と、何か不気味なものがその場の空気を支配した。
「私はね……人間だった“何か”だよ。だけど、今はもう違う。これは“進化”と言うべきか……それとも、“選別”かな?」
星也の首筋をなぞるように、黒い物体が滑っていく。
「さて……君たちはどっちかな?」




