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第62話:「葵生の能力」


「――行くぞ!」


葵生の声が、静まり返った地下に鋭く響く。

叫びと同時に剣を構え、全速力で宮河に突進した。


宮河は微動だにせず、ただ手を軽く掲げる。

黒い“それ”が音もなくうねり、葵生の眼前に広がった。


――だがその瞬間、剣が宙を舞う。


(捨てた――!?)


宮河の視界から、葵生が消えた。


すれ違いざま、葵生は身を低くしてすり抜け、地下から続く階段へと飛び出す。


「待って! 置いて行かないで――!」

「俺たちも――!」


牢の中から、先ほどの男女が叫ぶ。だが葵生は振り返らなかった。


(今は私を狙ってくる……なら、みんなの所に出れば――!)


階段を駆け上がりながら、自分に言い聞かせるように思考を巡らせる。


(皆なら、きっと気づいて起きてる……広間に出れば助かる!)


そして、扉を押し開ける。


目の前に広がる、あの中世風の広間。

蝋燭の灯りだけが揺れる静寂の空間に――


「……嘘だろ」


そこに、彼女はいた。


ゆっくりと振り返る、黒い長髪。

薄暗い空間の中心に、あまりにも自然に――宮河が立っていた。


「人間ごときが……私から逃げられると思ったの?」


冷たい声。

その直後、地を這うように黒い影が唸りを上げる。


「――っ!」


反応する暇もない。

“それ”は、既に葵生の目前に迫っていた。


喰らい尽くすような、絶対の“死”が迫る――。



黒い影が目前に迫る――葵生は咄嗟に目を閉じた。

体がこわばり、死の予感が全身を支配する。


(ここまで、か……)


――だが、その瞬間。


「っ……!?」


襟元に強い力がかかる。思いがけず体が後方に引きずられた。

重力の感覚が乱れ、目を見開くと、背後に誰かの姿があった。


「……枚方さん!?」


そこにいたのは枚方柚月だった。葵生の身体を抱えるようにして、静かに床に着地する。

だが、驚いたのはそれだけではない。


(……宮河の動きが、止まってる?)


ほんの数秒前まで襲いかかってきた“それ”も、

持ち主である宮河自身も、まるで彫像のように静止していた。


「これは……いったい、何を……?」


葵生が言葉を発しかけた瞬間、


「時間がない」

と、枚方がぴしゃりと遮った。


「説明は後。油断すればすぐ追いつかれる――」


言葉通り、次の瞬間。

ピクリ、と宮河の体が動く。


「……え?」


葵生が目を見開く。

宮河は自分の眼前から葵生がいきなり消えたことに明らかに困惑していた。

だが、その混乱も一瞬だった。


「なるほど……どんな能力を使ったの?」


ゆっくりと背後を振り返る宮河。

その目は、ただならぬ敵意と警戒に満ちていた。


枚方は、構えを解かないまま言った。


「……気をつけて。あいつ、半端じゃない」


――静かな声の奥に、張り詰めた殺気が漂っていた。


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