第61話:「喰らうもの」
ただならぬ気配を感じた葵生は、素早く腰のホルスターから銃を抜き――即座に背後を振り向いた。
「動くな…っ!」
だがそこにいたのは――やはり宮河だった。
蝋燭の淡い光が彼女の長い黒髪を照らし、その表情は微笑んでいるようにも、何かを見下すようにも見えた。
しかしその瞬間、葵生の腕ごと銃が“何か”に弾かれた。
「っ……!?」
次の瞬間、強烈な衝撃が全身を襲う。
葵生の身体は宙を舞い、地下室の反対側――階段とは真逆の壁へと叩きつけられた。
鈍い音と共に、壁に立てかけられていた古びた武器たちが崩れ落ち、床を転がる。
肺が潰れそうになる痛みと共に、葵生はうめきながらも、視線だけは逸らさずに宮河を見据えた。
「ふふ……ここまで来れたのは、ここ数十年であなただけだった」
宮河は静かに歩み寄ると、まるで歓迎するかのような口ぶりでそう告げた。
「どういうつもりだ……何のために、こんなことを……!」
葵生の問いに、彼女は笑みを崩さず答える。
「もうすぐ分かるわよ」
そう言った瞬間――彼女の背後から、まるで“影”のような、黒く蠢く物体が音もなく伸びてくる。
その異形の動きに、葵生は一瞬で身構えた。が――
「触れるなっ!!」
牢の中の男が絶叫する。
「そいつは……“喰らう”!」
その言葉に、反射的に葵生は身を翻す。
黒い影が伸びていた場所からわずかに飛び退き、床を滑るように転がる。
背後では影が空を切る音が響いた。
(……ヤバい。あれに当たったらただじゃ済まない)
呼吸を整えながら、散乱した武器の中から一本の剣を手に取る。
古びた装飾の施された中世風の剣だが、まだ刃には鋭さが残っていた。
ゆっくりと宮河に向けて構える。
「……またやられっぱなしになるわけにはいかない」
立ち上がる葵生。その瞳に迷いはなかった。
黒い影は、まるで生き物のように蠢き、再び葵生に向かって襲いかかる。
反射的に、葵生は手にした剣を振りかぶった。
「――!」
鋭く振るわれた一撃。
確かな手応え。斬った、と思った。
だが――
「……え?」
刹那、異音が鳴る。
気づけば、葵生の手元から“剣先”が消えていた。否、斬ったはずの剣の刃の部分が……喰われていた。
持ち手から先、まるで紙のように裂けた断面が残るだけだった。
「これが……“喰う”ってことか……」
呆然とつぶやく葵生に、宮河が楽しげな声を返す。
「そう。“それ”は、触れたものを瞬時に喰らうの。物質だろうと、能力だろうと、命だろうと――関係ない」
背後の“影”が、まるで主の言葉に呼応するかのように不気味に蠢く。
葵生は息を整えながら、視線を逸らさずに問う。
「それ……一体なんなんだ。何の力だ?」
宮河は肩をすくめるようにして言った。
「“能力”よ。それ以上を語る必要はないわ。どうせここで終わるんだもの」
その言葉を皮切りに、宮河が腕を前に伸ばし、黒い影が鋭く伸びる。
だが、その瞬間――
「ま、待って!」
静かに、しかし強い声音で葵生が止める。
宮河は眉をひそめる。
「……?」
葵生は、ぼろぼろになった剣の柄を投げ捨て、新たに地面から別の剣を拾った。
そして、静かに言い放つ。
「ちょうど剣を持ってることだし――
私の能力、見せる時が来たみたいだな」
一瞬、空気が変わる。
気圧が下がったような、冷たく、重い気配。
宮河は面白そうに口角を上げる。
「ふふ……見せてみなさいよ、“ユスティティア・ルカヌス”の子」
黒い影がさらにうねり、牙をむくかのような動きを見せる中――
葵生の能力が、今まさに解き放たれようとしていた。