第54話:「逆風の正義」
押さえつけられた隼風は、力任せに暴徒たちを振りほどこうとする。だが、数が多すぎる。
「……っ、離せ……!」
腕を掴む手。肩を押さえる力。ひとつひとつは一般人のそれでも、数が重なれば、まるで大きな岩に押し潰されるかのようだ。
風を起こせば簡単に吹き飛ばせる――だが、それはできない。相手は能力者ではない。ただの市民だ。操られているだけかもしれない。
「なんで……こんなことに……!」
そんな隼風の前に、黒いコートがふわりと揺れた。
暁野が、慈母のような微笑を浮かべながら近づいてきた。だが、その目には一片の温もりもない。
「あなたの力なら、選ばれる資格があるのに。辰月様のもとで、幹部になれるのよ? わたしたちと一緒に、新しい世界を創る側に回れるのよ?」
その言葉は、誘惑とも甘言とも取れる響きを持っていた。
だが――隼風の目は、揺るがなかった。
「俺は……お前らとは違う。俺は“守る側”でいるって決めたんだよ」
暁野の目が細まり、ゆっくりと首をかしげる。
「そう……残念」
そして突然、顔をゆがめ、狂気を宿した笑みが広がった。
「じゃあ――死ね」
静かに、だが冷たく言い放たれた言葉。
その瞬間、隼風の身体を押さえつけていた市民たちの動きが変わる。手の力が、異様に強くなる。首にかけられた手が、締まっていく。
「ぐ……ぅっ……!」
喉を圧迫する感覚。息が詰まり、視界が滲んでいく。
「力なき者が正義を語るのは、傲慢だと思わない?」
暁野がゆっくりとしゃがみ込み、隼風の顔を覗き込む。
「さようなら、“偽善者”さん」
その時、――風が、激しく揺れた。
隼風(……何か、来る!)
首を締めつけられながらも、隼風の風の感覚が、異物の接近を鋭く捉えた。風向きが変わる。空気が震える。
次の瞬間――
「っ!?」
隼風の目の前に、何かが高速で飛来し、地面に叩きつけられるように落ちた。ドンッという衝撃とともに、土煙と風圧が爆ぜ、爆風が辺りに吹き荒れた。
「きゃっ――!」
暁野は反射的に腕を庇いながら吹き飛ばされ、隼風を押さえつけていた市民たちも、その勢いに巻き込まれて弾き飛ばされた。
隼風は膝をつきながら、咳き込みつつも首元に自由を取り戻す。辛うじて顔を上げた先――そこに、ひとりの若い男が立っていた。
両手には包帯が巻かれ、着ている服は動きやすさ重視の簡素なジャージ。姿勢は砕けているが、その瞳には確かな意志が宿っている。
「すまねぇな、これしか方法がなかった」
隼風が息を整えながら声をかける。
「……お前、誰だ?」
男は口元だけで笑うと、包帯の巻かれた手で髪をかきあげた。
「島原 星也。ユスティティア・ルカヌス第14班所属。」
名前とともに、立ちこめていた砂埃が収まり、再び空気が落ち着いていく。
島原の登場によって、押されていた隼風の戦局が、一気に動き出す。
吹き飛ばされ倒れていた暁野が、ゆらりと立ち上がった。額を切った血が乾く前に、再び手をかざす。
「……終わらせない……まだ、私にはやることが……!」
その手に、淡い赤黒い光が集まり始める。何かを発動させようとしていた。
「隼風、下がれ」
星也の低く鋭い声に、隼風は反射的に後退する。
星也は足元に転がっていた瓦礫をひとつ拾い上げ、両手でそっと握った。
「病み上がりだし、もうちょい“軽め”にいくか……」
彼の手の中で、瓦礫が淡く光り始める。圧縮され、形が整っていく。
「出力10%――“狙撃銃”」
次の瞬間――
ズドンッ!
光を纏った瓦礫が、爆発的な衝撃波と共に一直線に撃ち出された。空気を切り裂く音とともに、それは暁野の目の前を一閃。
「っ――!」
閃光が彼女の右頬を掠めると、裂けた皮膚から血が飛び散り、彼女はその場に膝をついた。
「……あ……ああ……」
完全に動きを止めた暁野。恐怖と衝撃が、彼女の目から力を奪っていく。
星也は手のひらをパンと払うようにしながら、肩をすくめて笑った。
「10%でも、まぁこんなもんだな。あんたの思想ごと、吹き飛ばす気だったけど……ギリギリで止めといてやったよ」
空気が静まり返る中、瓦礫でできた“狙撃銃”はすでに光を失い、粉のように崩れ落ちていた。




