第52話:「夜明けの門」
街中のスクリーンが、一斉にノイズ音と共に切り替わる。
映し出されたのは、暗い照明の中に浮かぶ男の姿――辰月志楼。
その目は鋭く、そして不気味なまでに静かだった。
彼の背後には幾人かの影――おそらく、幹部たち。
彼の声が、まるで世界に染み込むように響いた。
「……聞こえているか、民よ」
都市の喧騒が止まり、人々は足を止め、スクリーンに目を向ける。
子ども、老人、学生、会社員――誰もが本能的に、これは“ただの放送”ではないと感じていた。
辰月は、ゆっくりと言葉を紡ぎ始める。
「この国は腐り果てている。
能力者は恐れられ、管理され、力を持つことさえ罪とされてきた。
偽りの秩序と法のもとで、誰もが自由を奪われて生きている」
一瞬、カメラが引き、彼の目が鋭くレンズを射抜く。
「……だが、俺たちは違う。
無限石――それは、真の力を与える“選ばれし者”への証だ。
俺たちは、生まれながらにして弱者だった。
だがこの石は、可能性をくれた。
力なき者にも、世界を変える手段を」
一拍、間が空く。辰月の声が熱を帯びる。
「聞け。今こそ立ち上がる時だ。
抑圧されてきた能力者よ。
未来に希望を見出せぬ者よ。
この国の偽善に飽きたすべての人間たちよ」
「――来たれ、“真の能力者”たちよ。
俺と共に、新たな世界を創ろう」
「能力による秩序、選ばれた者による統治。
無限の可能性を持つ石が、新たな時代の火を灯す。
欲望も、怒りも、悲しみも――そのすべてを力に変えろ!」
映像の後ろに立つ幹部たちが一斉に前へ歩み出し、カメラのフレームに入る。
その一人ひとりが、異様な威圧感を放っていた。
すでに無限石の力を宿しているのは明白だった。
「我々は、世界を変える。
この日を境に、シンセシティは新たな幕を開ける。
抗う者は討ち、従う者には新たな力を与えよう」
辰月は、最後に一言だけ、静かに微笑んだ。
「――選ばれし者たちよ。集え、“夜明けの門”へ」
映像は、バツンと音を立てて切れた。
街は沈黙したまま。
だが、その沈黙の裏で――動き出す者たちがいた。
テレビを見ていた能力者、絶望を抱える者、怒りに囚われていた者――
その目に、かつてない光が宿っていた。
新たな戦乱の火種が、確かに灯されたのだった。
幻影がかき消え、残されたのは静まり返った空間と、立ち尽くす隼風だけだった。
胸の奥で、何かが崩れていく感覚がする。
――辰月の言葉。
――父を殺したという事実。
――真の能力者による支配。
混乱が脳を支配する。思考がまとまらない。
そのとき、背後から駆け足の音が近づいてきた。
「おい! あの放送見たか!?」
仲間の声が飛び込んでくる。官野、廣海、末政の三人が駆けつけた。
彼らの顔にも緊張と苛立ちが滲んでいる。
「……ええ。辰月の、演説ですよね」
「最悪のタイミングで、最悪の爆弾を落としてきやがったな」
「街中のテレビがジャックされたって……今、どこも騒然としてるわよ」
言葉を交わす間もなく、隼風の通信機に緊急通話が入る。
《――こちら天宮。緊急事態発生》
全員が無言で耳を澄ます。
《辰月志楼の演説後、市内各地で支持派による暴動が発生。
建物への襲撃、市民への攻撃、施設の封鎖が確認されている。
現在、ユスティティア・ルカヌスの戦力は“作戦”により各地へ分散中。
対応可能な班は直ちに現場へ向かい、鎮圧にあたれ》
「……辰月の狙いはこれだったのか」
官野が呟く。
あの演説は、ただの思想表明ではない。
暴動を引き起こし、この都市を混乱に陥れる――そのための号令だった。
「迷ってる暇はない。私たちで止めるしかない」
末政は一歩前に出て、短く言い切った。
「天宮さん、場所を。俺たちは出る」
返事を待つことなく、4人は動き出した。
揺らぐ街を守るために――。
「廣海さん、お願いできますか」
隼風がそう言うと、廣海唯子は頷いた。
「ええ。第14班の支部は記憶してるわ。まだ周囲が荒らされていなければ、きっと行けるはずよ」
「本当に助かります……!」
隼風がそう言いながら、自然と彼女の手を取る。廣海もその手をしっかりと握り返した。
「官野さん、末政さんも――手を」
「わかってる。行こう」
官野が無言で手を重ね、末政も表情を引き締めながら続いた。
「一気に移動するわ。しっかりつかまってて」
瞬間、空気がぐにゃりと歪んだ。
視界が一瞬、白く弾け――
次に目を開けたときには、すでに第14班の支部の前に立っていた。
「……成功、ですね」
隼風が周囲を確認しながら、ほっと息をつく。
だが、安堵する時間はなかった。支部の周囲には、すでに何名かの他の班のメンバーと、応急処置を受けている負傷者の姿があった。
建物の外壁には焦げ跡があり、明らかに暴動がここにも及んだ形跡が残っていた。
「……間一髪だったか」
官野が低く呟く。
「これ以上、犠牲を出すわけにはいきません。私たちで止めましょう」
隼風の言葉に、3人の視線が重なる。
「了解。他の班との連携は私が取るわ」
廣海が即座に動き出し、残りの3人も支部内へと駆け込んでいった。
都市を覆い始めた混乱の波――
その最前線へ、彼らは向かっていく。