第44話:「上位互換」
アカコスの足音が、乾いたコンクリートの空間に静かに響く。
その姿は、どこか神聖で、同時に圧倒的な不気味さを放っていた。
妹であるコルティニーの仇として現れた男。血の繋がりが、彼の怒りに更なる深みを与えているのが、空気の重さからも伝わってきた。
末政は、冷静に観察を続けていた。
(姿勢、呼吸、視線。まるで彼女と同じ。なら、やはり……)
小さくセシリアと視線を交わす。セシリアもまた、頷いた。
「コルティニーと……同じタイプ、かもしれないね」
と彼女が低く呟く。
「能力の発動は一瞬。その後、隙が生まれる。あのときもそうだった」
末政の脳裏に蘇る、コルティニーとの戦い。
一瞬の殺意、そして――その直後の、わずかな静寂。
そこを狙い、水撃を叩き込んだことで勝機を掴んだ。
「なら、方法は同じ……私が囮になって、動きを鈍らせる。水の層で足を止めて、セシリア。あなたが力を叩き込むの」
セシリアは、少し迷うように視線を伏せたが、すぐに顔を上げた。
「……分かった。けど、油断しないで。妹の仇ってだけで、強さが同じとは限らない。むしろ、彼女以上の執念を持ってるはず」
「わかってるよ。でも、私たちが止めなきゃ」
互いの覚悟を確認しあい、2人はわずかに距離を取りながら、アカコスを挟むように陣形をとる。
水の気配が、末政の周囲に集まり始める。
セシリアの杖にも、青白い光が静かに灯っていた。
戦闘前の静寂――それは、冷たい覚悟で支配されていた。
⸻
作戦は、順調に進んでいるかのように思えた。
末政がアカコスの注意を引きつけ、水の層を展開。圧縮された水流が地面を滑り、相手の足元を包み込む。通常の人間ならば、その動きは確実に鈍るはずだった。
――だが。
「動きが、止まらない!?」
末政の目の前で、アカコスはそのまま前進を続けていた。水の抵抗をものともせず、むしろ慣れているかのように突き進んでくる。
そして、突き出された拳が、真っ直ぐに末政の顔面へと迫る。
「くっ――!」
焦る末政の視界を、突如走る光が横切る。セシリアの放った光の一閃が、アカコスと末政の間を通り抜け、アカコスの動きを遮る。
一瞬の牽制に成功し、アカコスは静かに後退する。
「っ…危なかった!」
セシリアが短く息を吐く。だが安堵の余韻に浸る暇などなかった。
「来る!」
今度はセシリアに向かって、アカコスの身体が一瞬で距離を詰めてきた。その速度は明らかに常軌を逸していた。
末政が叫ぶ。
「今のも、能力の加速!?でも、さっきからずっと――」
(――切れていない?)
2人は、はっきりと“違和感”を感じていた。
コルティニーの能力は一瞬の加速の代わりに、クールタイムが必要なものだった。それゆえに、隙を突くことができた。
だが、アカコスの動きには“隙”が存在しない。
能力の効果時間が、明らかに長すぎる。
セシリアが歯を噛みしめた。
「まさか、コルティニーの上位互換ってこと?」
末政も顔を険しくする。
「そんな…止まらないなら、どうすれば!」
作戦が通用しない現実が、2人の胸を強く締めつける。
だが、恐れていても意味はなかった。アカコスはすでに、次の殺意を込めた一手を放とうとしている――。
セシリアは、防御の姿勢をとる間もなかった。
「ぐっ……!」
気づいた時には、アカコスの大きな手が彼女の細い首を捉えていた。その掌から伝わる圧倒的な力。すぐにでも頚椎が砕かれそうなほどの圧迫感が、喉元から背筋まで貫く。
「コルティニーとは……違う。」
アカコスの声は、冷たく、怒りに沈んでいた。
「私は無駄に苦しませたりはしない。ただ静かに…終わらせてやる。」
ギリ…ギリ…と、骨が軋む音が、セシリアの耳に響く。意識が遠のいていく。目の前が、白く霞んだ。
「やめろおおっ!」
末政の叫びと共に、強く圧縮された水の槍がアカコスへと飛ぶ。その殺気を伴った一撃は、鋭く、鋼をも貫く速度だった。
だが、アカコスは迷いなくセシリアから手を放し、その水撃を軽く避ける。
「判断が早いな。だが――」
彼はゆっくりと視線を末政へと向けた。
「妹のように、“遅れ”はしない。」
その目には一切の焦りも油断もなく、ただ静かな怒りと殺意だけが、底知れぬ深さで燃えていた。
「いったん引くよ!」
末政の声に、セシリアも短く頷き、2人は跳ねるように後方へと距離を取った。
背後のコンクリートの壁に隠れながら、2人は息を整える。
セシリアは首を押さえながらも、目にはまだ闘志が宿っていた。
末政は眉をひそめ、険しい表情で壁越しにアカコスの動きを探る。
「…想像以上だね。あの男、妹の完全上位互換だ。」
末政の声は低く、唇を噛みながら続ける。
「力も速度も、持続力も、比べものにならない。あの拳、一発でもまともに喰らえば終わる。」
「ええ……。でも、倒せないわけじゃない。」
セシリアの目が鋭く光る。彼女の中には、すでにひとつの答えがあった。
「私の一撃――“ルミナ・セカンズ”を最大の威力で放てば、仕留められるはず。ただし……かなりの溜めが必要よ。」
末政は一瞬目を見開き、すぐに決意を込めて頷いた。
「つまり、どれだけあなたに気を向けさせずに、時間を稼げるかが鍵ってことね。」
「ごめん、任せてもいい?」
セシリアの問いに、末政は笑みすら浮かべる。
「当然でしょ。私が盾になるから、あんたは光で全部終わらせて。」
重い空気の中、作戦は静かに動き出そうとしていた。成功すれば勝利、失敗すれば即死――そんな綱渡りの戦いが、再び幕を開けようとしていた。




