第42話:「追い詰められた獣」
しかし——
「私がいることも忘れるな。」
静かだが、鋭い声が響く。
コルティニーの右手前から、末政柚奈が現れた。
「ちっ……」
コルティニーが防御の態勢を取る暇もなく、水の流れを纏った一撃が放たれる。
「水撃!!」
ドガァッ!!
強烈な衝撃とともに、コルティニーは勢いよく吹き飛ばされた。
「がはっ...これはまた……逃げなくちゃいけないわね♡」
笑いながらも、コルティニーはすぐさま耳に手をやる。
イヤホンの通信機を操作し、仲間へと連絡を送る。
「谷浦君、早く私を送って♡」
その名前を聞いた途端、末政の表情が険しくなる。
「谷浦って……霧の能力者の!?」
セシリアも気づき、声を張り上げた。
「まずいっ!逃げられる……!!」
逃げ場なし
しかし——
通信機からの返信はなかった。
「ちょっと何?通信が……切れ……」
その言葉を聞いた葵生は、ニヤリと笑う。
セシリアは驚き、葵生を見る。
「もしかして、葵生ちゃんが!?」
「ちっ……使えないわね♡」
コルティニーは状況の悪化を悟り、その場から逃げ出そうとする。
しかし——
「逃がすかっ……!」
末政の声が響く。
水を圧縮し、鋭い弾丸のようにコルティニーへと放つ。
ズバァッ!!
圧縮された水流がコルティニーの肩を貫き、その場に倒れ込む。
苦しげに肩を押さえながら、コルティニーは顔を上げる。
「ま、待って……!降参するわ!」
弱々しい声で命乞いをする。
だが、その内心は冷静だった。
(フフ……この程度の傷、致命傷じゃないわ♡)
(あの2人、仲間を守ろうとする甘さがある……。きっと、少しでも躊躇すれば勝機はある……!)
(まずは油断させて、距離を詰める……それができれば——)
だが——
末政とセシリアの瞳に、ためらいの色はない。
最初から、許すつもりなどなかった。
コルティニーは地面に倒れ、肩を押さえながら呻いていた。
その前に立つのは、セシリアと末政柚奈。
光と水、それぞれの能力を纏いながら、2人は一歩ずつコルティニーに近づいていく。
コルティニーは笑みを作る。
「ねぇ……まだやるつもり?私はもう無力よ?降参してるじゃない♡」
だがその声に、2人の表情は微動だにしなかった。
セシリアは、視線を逸らさず静かに言う。
「……白瀬さん、覚えてる?」
「は?誰だっけ♡ああ、あのペンギンの子?顔が壊れる音、綺麗だったわよ♡」
その瞬間、セシリアの杖から光がきらめいた。
怒りに震える声が漏れる。
「ふざけないで……っ!あの子が、どれだけ苦しんで……!」
末政が前に出る。瞳は静かに、けれど炎のような怒りを湛えていた。
「白瀬さんは、私たちの大事な後輩だった。任務で無茶をしても、いつも私たちの背中を追っていた……」
「笑って、真っ直ぐで……なのに、あんたはそれを……!」
コルティニーは肩を震わせながら笑った。
「感情的ね♡だからあなた達は……」
——その言葉は、水の鞭によって遮られる。
末政が冷たい声で囁く。
「喋らないで。次の一撃で、舌を裂くかもしれない」
「もう一度聞く。白瀬さんを、どうして……どうして、あんな風に……!」
セシリアの声は震えていた。怒りではない。悔しさと、無力だった自分への怒りだった。
「私がもっと早く気づいていれば……助けられたのに……!」
コルティニーは痛みに顔を歪めながらも、舌打ちした。
「さぁ?命令だったからよ♡それだけ。苦しめって言われたから、苦しめたの」
その言葉に、2人の中で何かが切れた。
末政は静かに右手を上げる。
その手のひらに、圧縮された水球が形を取っていく。
「もう、話す言葉なんてないわ。あなたには」
セシリアも光を指先に集中させた。
「せめて……白瀬さんの無念、ここで返させてもらう」
コルティニーは初めて、顔を引きつらせた。
「ま、待ちなさいよ……!あんたたち、本気で——」
——だが、2人の瞳に揺らぎはなかった。
コルティニーは悟る。
(こいつら……本気で殺るつもりだわ)
逃げ場は、もうどこにもなかった。
⸻
血だらけの地面に、コルティニーは這いつくばるようにして崩れ落ちていた。
その顔からは、いつもの余裕も狂気じみた笑みも、すでに消えていた。
「ま……待って……ちょっと……落ち着いて……」
かすれた声で、彼女は言葉を紡いだ。
「あなたたち……人間でしょ?情けってものがあるんじゃないの……?」
その懇願は、もはやプライドも何も捨て去った、ただの“命乞い”だった。
だが。
「……あなたを、人間だと思ったことなんて一度もない」
末政の言葉は、感情の温度を失っていた。
「あなたがしたこと……どれだけの人間を嘲笑って壊してきたか……」
セシリアも言葉を重ねる。
「自分がしてきたこと、覚えてる? あれをしておいて、今さら“助けて”って言えるの?」
「い、いや、ちが……っ」
コルティニーは身を翻そうとした。逃げようと、必死にもがいた。
だが——
「……逃がすわけ、ないでしょ」
末政がそう言うと同時に、水が槍となって空気を裂き、コルティニーの足を貫いた。
「ぎゃあああああっ!!」
絶叫とともに、コルティニーは地面に沈んだ。
だが、死への恐怖はそれでも彼女を黙らせなかった。
「や、やだ……まだ死にたくないっ……!お願い、助けて……誰か……!」
その姿に、セシリアはそっと目を閉じ、呼吸を整えた。
そして杖を構え、その先端に光を凝縮していく。
「白瀬さん……あなたのために、私はこの手を汚す」
エネルギーは淡く脈打ち、やがて一点の光となって杖の先に収束する。
コルティニーは最後に、小さく呟いた。
「兄様……助け…」
——その言葉が空気に溶けるより早く。
セシリアの放った光が、コルティニーの頭部を正確に貫いた。
その体が痙攣し、やがて静かに崩れ落ちる。
そこに、もはや言葉は残らなかった。
ただ、亡き仲間への誓いだけが、静かにその場に刻まれていた。




