第38話:「援護」
九鬼が不敵な笑みを浮かべながら、ゆっくりと腕を回す。
「それじゃあ、さっさと終わらせるなぁ」
その言葉と同時に、彼の姿がブレた。
陽が構える間もなく、九鬼が猛スピードで駆け抜ける。
「……ッ!」
陽は直感的に拳を振るった。
だが――手応えがない。
消えた。
「――ッどこだ!?」
次の瞬間、陽の右 左手側からふわりと女の声が響く。
「だめだよ? 目を離したら」
その声と同時に、薄ら笑いを浮かべた女が陽のすぐ横に立っていた。
「まずい! 夕音、援護を!」
千紗の声とともに、夕音が即座に陽へと駆け寄る。
だが――女の方が速かった。
陽の体に手が伸びる。
それに触れられた瞬間――
「触られっ……!」
終わる。
陽がそう覚悟した、その瞬間――
ズガァッ!!!
「――ッ!? ぐっ……!!」
突然、女の身体が弾き飛ばされ、地面を転がる。
「……え?」
陽が目を見開く。
その視界の先に、一人の男が立っていた。
「……っと。危なかったな」
そう言って、拳を軽く振るい、官野 が笑みを浮かべていた。
千紗と夕音が声をそろえて叫ぶ。
「官野さん!!」
陽も驚きながら、その姿を見つめる。
「助かりました……ありがとう」
陽が感謝を伝えようとしたその時、官野が鋭く言った。
「話は後だ、下がれ!」
その言葉と同時に、九鬼が再び動いた。
キィンッ!
短剣が音を立てて空を裂く。
九鬼は猛スピードで官野へ斬りかかる。
だが――
すべて避けられた。
まるで九鬼の動きが読まれているかのように、官野は一歩、また一歩と流れるように身をかわしていく。
圧倒的な反応速度と動きの無駄のなさに、陽たちは間に入ることすらできなかった。
「……あの人、すごい」
千紗が呆然と呟く。
陽も目を離せずにいたが、ふと疑問が浮かんだ。
「そもそも、あの人は誰なんだ?」
戦いを見つめながら、陽が夕音に尋ねる。
「官野 邦康……ユスティティア・ルカヌス第14班班長。私たちよりもはるかに格上の戦闘員よ」
「なるほど……それで、能力は?」
陽が核心を突く。
だが、その問いに千紗と夕音は顔を見合わせた。
「……それが、私たちにも知らされてないの」
「え?」
「私たちの班は他の班と合同で作戦に参加していたんだけど、機密保護の為にお互いの班の能力は明かしていなかったんだ」
陽は驚愕しながら官野を見つめた。
確かに、今の九鬼の猛攻をかわし続けている。
だが、彼はまだ能力を使っていない。
「……なんなんだ、この人は」
陽の胸に、未知なる力への警戒と期待が入り混じるのを感じた。
九鬼と官野の戦いは、互いの攻撃が激しく交錯し、一進一退の攻防が続いていた。
官野は素早い身のこなしで九鬼の短剣をかわし、隙を突いて攻撃を試みるが、九鬼もまた鋭い動きで応戦する。
そんな中、官野は小さく舌打ちをしながら、軽く肩を回した。
「ったく……時間かけてらんねぇっての」
その言葉が響いた瞬間、官野の姿がかき消えた。
「……消えた?」
九鬼は眉をひそめ、周囲を警戒する。
「こっちだよ」
涼しげな声が頭上から降ってくる。
九鬼が顔を上げると、官野はすでに近くの木の上に移動していた。
「……あれが官野さんの能力?」
陽が驚いたように呟く。
「そうみたいね……でも、どういう能力?」
千紗も目を凝らすが、官野の動きの正体は掴めない。
官野は口元を僅かに歪め、挑発するように言う。
「まあ、見てなよ」
次の瞬間——。
官野は再び姿を消した。
——否、気づいた時にはすでに九鬼の目の前にいた。
「なっ……!?」
驚愕する九鬼の隙を逃さず、官野の拳が豪快に振り抜かれる。
ドゴォッ!!
強烈な一撃が九鬼の顔面を捉え、その体が弾かれるように吹き飛んだ。
九鬼は拳を拭いながら、不敵な笑みを浮かべた。
「へぇ……なかなかやるじゃねぇか」
官野は肩を軽く回しながら、余裕の表情を崩さない。
「お前もな。だが、俺の能力が分からないままじゃ、厄介だろ?」
九鬼は短剣を回しながら、わざとらしく考え込む素振りを見せた。
「そうだな……だが、俺は急いで倒すつもりはねぇんだよ」
官野は目を細める。
「時間稼ぎか……?」
その言葉と同時に、九鬼の背後で倒れていた女がゆっくりと起き上がった。口元から血を拭い、ニヤリと笑う。
「ったく……よくもやってくれたわね」
女は再び官野に向かって突進し、手を伸ばす。
官野は動じることなく、再び姿を消した。
「なるほど……触られたらアウトなやつか」
官野は少し離れた位置に現れ、女の能力を見極めようとする。
しかし、その時だった。
「動くな!」
鋭い声が響き渡る。
全員が声の先へと視線を向けると、森の中から銃を構えた武装集団が現れ、包囲網を形成していた。
官野は目を細め、低く呟く。
「来たか……」
夕音は銃を構えた集団を警戒しながら、驚きの声を上げた。
「て…敵!?」
彼女はすぐに戦闘態勢に入ろうとするが、陽と千紗が制止する。
「待て、夕音」
千紗が冷静な声で言う。
「あの戦闘服、ストレイロンドよ」
「ストレイロンド?」
夕音は初めて聞く名前に戸惑いながら問い返す。
陽が短く説明する。
「無能力者で構成された、政府の軍組織だ。本来は無能力者の暴動や犯罪を鎮圧するための組織だけど……どうやら今回のテロにも動員されたみたいだ」
九鬼は舌打ちをした。
「ちっ……面倒な奴らが来やがったな。おい、一旦退くぞ」
女は無言で頷くと、九鬼と共に黒い霧に包まれ、そのまま姿を消した。
官野は霧が消えた後の空間を睨みつけながら、低く呟いた。
「くそ……また別の幹部の能力か」
緊張感が残る中、ストレイロンドの兵士たちも警戒を緩めずに周囲を固めていた。
だが、それ以上の衝突はなかった。
九鬼たちが撤退したことで、一旦戦闘は収束したものの、その後の進展はなく、やがて日が落ちる頃には周囲は静まり返っていた。