第37話:「無限の壁」
皆はその女に見覚えがあった。
以前、ユスティティア・ルカヌスの情報で出ていた幹部の一人だったが、顔の情報しか判明しておらず、名前や能力に関するデータは一切出ていなかった。
そのため、陽はすぐに判断を下した。
「侑士、下がって。体制を整えよう。」
陽はすぐさま周囲を警戒しつつ、侑士を安全な場所へ移動させようと動く。だが、次の瞬間——
「!?」
侑士が突然、視界がグラつく。
立っていられなくなった彼は、膝をつき、ついには地面に倒れ込んでしまった。
「侑士!!」
陽の声が急に響く。
だがそれだけではない。
ゴフッ――!
侑士の口元から鮮血が噴き出す。
目から、耳から、口から、ありえない量の血が噴き出してきた。
ビシャッ!
次の瞬間、まるで水風船が破裂したかのように、侑士の顔面から血液が飛び散った。
赤黒い液体が、地面に濃厚な音を立てて染み込んでいく。
「これ……何が起きているんだ?」
侑士の体が激しく痙攣し、血まみれになりながら倒れ込む。
陽はすぐさま走り寄るが、その体に触れた瞬間、何か不気味な感覚が広がった。
「こ、この血……!」
彼は一瞬にして悟る。
「やっぱり、あの女が関わっているのか……」
その瞬間、女が何も恐れずに言った。
「あーあ、死んじゃった。」
その言葉を聞いた途端、陽の体が一瞬で冷たくなる。
何が起こったのかがわからない。
その女が、侑士をあっという間に殺した理由は、まだ理解できなかった。
だが、目の前にいる彼女が、確実に侑士の命を奪ったのだ。
その無感情な言葉が、ますます陽を追い詰める。
陽は息を荒げ、怒りと絶望の入り混じった表情で女を睨みつけた。
「まただ…!」
その瞬間、頭の中で、さっき自分の仲間の1人が倒れた時の光景がフラッシュバックする。あの時も、急に何の前触れもなく命が奪われた――そして今、目の前で起きていることも、まったく同じ現象だった。
女の能力。
それが、何も特別な予兆もなく、突然命を奪うものだと確信した。
女は、自分の能力について淡々と語り始める。
「私の能力は………まあ、“呪い”のようなものかな?」
その言葉に、陽の目が鋭く光った。
「呪いって言っても、私にも何が起こるのか分からない。でも、ほとんどの場合、死んじゃうの。」
その言葉が、ますます陽の心に冷徹な怒りを湧き起こさせた。
「もう……喋るな。」
陽の声は荒げられ、その怒りが抑えきれなくなっていた。
「お前みたいな奴が、呪いだの能力だのを言って、他人の命を奪って何が楽しいんだ!?」
その言葉に、女は微笑みを浮かべながら、ちょっと肩をすくめた。
「楽しい? ふふ、そんなことは言ってないよ。ただ、私はただ役目を果たしてるだけ。」
陽の怒りは、どんどん膨れ上がっていく。
その後ろで、侑士の体がゆっくりと冷たくなっていくのが感じられた。
陽は思いっきり足を踏みしめ、力強く前に出ようとする。
陽の体の周りに燃え盛る火が、竜のように渦を巻きながら大気を揺るがせた。
「絶対に……倒す。」
その言葉とともに、炎はますます勢いを増していく。まるで陽自身の怒りを象徴するかのように、燃え盛る火柱が天へと昇り、周囲の木々さえも焦がし始めていた。
ゴウッ!!
炎の勢いに圧倒される千紗と夕音は、思わず後ずさる。
「なに……これ……?」
千紗は驚きの声を漏らしながら、陽の背中を見つめた。彼女の纏う炎は、ただの能力の発動ではない。ただの戦闘のための力ではない。“憎しみ”が引き金となり、圧倒的な力へと昇華していた。
夕音は直感的に察する。
「離れた方がいい……!!」
2人はすぐにその場から距離をとった。
陽は、燃え盛る火の中で両腕を前に突き出す。
「――遠火!!」
その瞬間、爆発的な熱風と共に、巨大な炎が解き放たれた。
ゴォォォォォォ!!!!
まるで火山の噴火のように、轟音と共に辺りの空気を焼き尽くす業火が女に向かって奔る。
熱量は尋常ではなく、大地が焼け焦げ、周囲の木々が一瞬で燃え尽きるほどだった。
しかし――
その炎の向こう側に立つ九鬼と女は、表情一つ変えなかった。
――まるで、これがただの”挨拶”程度のものに過ぎないかのように。
陽は息を切らしながら、自身の腕を見下ろした。
肌には熱による赤みが残り、そこからじわじわと蒸気が立ち上っている。
「っつう……ちょっと強すぎたかな……」
その言葉とは裏腹に、彼女の目は焦りを隠せていなかった。
千紗と夕音も、信じられないものを見たかのように目を見開き、立ち尽くしていた。
――効いていない。あれほどの業火が、まるで何の影響も及ぼさなかったかのように。
燃え尽きた地面には黒い焦げ跡が残る。
しかし、その中心に立つ二つの影は――まるで、そこだけ”別の世界”にでもいたかのように、無傷だった。
「なんでっ……」
陽の声が震えた。理解が追いつかない。
どんな相手でも、ここまでの火力を受ければ無事で済むはずがない。
「――あー、これだよ、これ。」
不意に九鬼の声が響く。
まるで陽たちの反応を楽しんでいるかのように、彼はゆっくりと手を上げた。
そして――小さな石を指の間で転がして見せた。
それは見覚えのある”鉱石”だった。
「っ……無限石っ……!」
千紗が驚愕の声を上げる。
九鬼はニヤリと笑い、指先で軽く石を弾いた。
「俺らでも、このくらい使いこなせるようになったんだなぁ。」
まるで自慢げに。
まるで、これが”当然”であるかのように。
陽の顔が強張った。
――つまり、奴らは”無限石の力”であの炎を無効化したということか。
九鬼は肩をすくめながら、軽い調子で続ける。
「いやぁ、“無限石”ってのは便利なもんだな? こんなガキどもに手こずる必要もないってわけだ。」
「くっ……!」
陽は拳を握りしめた。
――この敵、想像以上に厄介だ。
――いや、それどころか、“勝てるのか”すら分からない。




