第35話:「見えざる殺意」
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吹雪が弱まり、視界が晴れた。
しかし、辺りを見渡しても、他の仲間の姿はどこにもなかった。
「……はぐれちゃったみたいね。」
千紗が眉をひそめながら周囲を見回す。吹雪の影響で、足跡すらまともに残っていない。
「みんなはどこに行っちゃったの?」
夕音が不安そうに千紗の隣に寄る。
「とにかく、まずは自分たちの現在地を確認しないと。」
千紗は冷静に判断し、通信機を手に取ると、葵生へと連絡を入れた。
「こちら千紗。夕音と一緒にいるけど、他の仲間とはぐれた。現在地を教えて。」
数秒後、通信の向こうから葵生の声が返ってきた。
『千紗、夕音、聞こえる? 今の君たちは森林の南端部にいる。目標地点の北西とは真反対の方向だよ。』
「南端部……? なんでこんな場所に……。」
千紗は困惑しながら、周囲の状況を再確認する。確かに、木々が広がるこの場所は、目指していた北西とは明らかに異なる環境だった。
「もしかして、私たちだけ吹雪で飛ばされた?」
夕音が不安げに呟く。
『可能性はあるね。吹雪が自然発生したものじゃないことは確かだし……おそらく、無限石の影響で意図的に撹乱されたんだろう。』
「つまり、私たちはわざとこの場所に飛ばされた……ってこと?」
千紗は腕を組んで考え込む。
「どうするの、千紗?」
夕音が千紗の袖を軽く引っ張る。
「決まってる。まずは北西へ向かう。みんなが待ってる場所へ戻らないと。」
『気をつけて。敵がどこにいるか分からないし、この状況は仕組まれた可能性が高い。』
「分かってる。ありがとう、葵生。」
通信を切り、千紗は夕音に向き直る。
「行こう、夕音。慎重に進むわよ。」
「うん……!」
2人は、再び吹雪が舞う森の中を、仲間のもとへ戻るべく歩き出した。
「助けて!」
突然、遠くから女性の叫び声が聞こえた。
千紗と夕音はすぐにそちらへ振り向く。吹雪が完全に晴れたわけではなかったが、その隙間から、1人の少女が走ってくるのが見えた。
ピンク色の髪に黒い帽子を被った少女。
しかし、その服は薄汚れ、体中に傷や泥が付いている。まるで戦いから逃げてきたかのような姿だった。
少女は2人の前までたどり着くと、大きく息を切らしながら、自分の名前を名乗った。
「……はぁ、はぁ……。わ、私の名前は高頭 陽、16歳! ユスティティア・ルカヌスの第21班班長……!」
「第21班……?」
千紗と夕音は顔を見合わせる。
「そんなの、聞いたことないけど。」
ユスティティア・ルカヌスの部隊は第20班までしかないと聞いていた。
つまり、この少女の言葉が嘘である可能性もある。
千紗は警戒心を強め、陽に一歩近づきながら鋭い目で問いただした。
「悪いけど、ユスティティア・ルカヌスに第21班なんて存在しないはず。どういうこと?」
「ち、違う! 本当にあるんだってば!」
陽は必死に弁解するが、千紗と夕音はまだ疑いを解かない。
すると、通信機から葵生の声が入った。
『千紗、夕音、ちょっと待って。今調べたけど、第21班はつい最近、新しく作られた部隊らしい。つまり、第20班よりも新しい班だよ。』
「え……本当?」
『間違いないよ。正式な記録がある。』
千紗は葵生の言葉を聞いて、少しだけ警戒を解いたが、完全には安心できなかった。
「……じゃあ、本当に第21班の班長ってこと?」
「だから、そうだってば!」
陽は必死に訴える。
だが、千紗の警戒心はまだ消えていなかった。
彼女の見た目と状況、そしてこの場所で1人になっていること。
「じゃあ、どうしてこんな場所にいるの?」
千紗が核心をつく質問を投げかけると、陽の表情が一瞬だけ曇った。
「……それは……」
何かを言いかけて、彼女は口をつぐんだ。
陽は拳を握りしめながら、震える声で語り始めた。
「私たち第21班は、この作戦に班員5人全員で参加してたんだ。私を含めて5人、みんなこの戦いのために集められた仲間……。」
彼女の声には、悔しさと悲しみが滲んでいた。
「最初は順調だった。目標の地点に向かう途中で、いったん休憩を取ることにしたんだ。みんな疲れてたし、無理に進んで消耗するより、回復してから動いた方がいいと思って。」
だが、その平穏は突然破られた。
「……休んでたら、突然、仲間の1人の叫び声が聞こえたの。驚いて振り向いたら……別の仲間が突然苦しみだして、血を吐いて倒れた。」
夕音の顔が強張る。
「……毒?」
「わからない。でも、何が起こったのかも分からないうちに、もう1人が森の中に入ったんだけど、次の瞬間、悲鳴が上がって……。見たら、そいつは何者かに斬られて、地面に倒れてた。」
陽の声が震える。
「私はすぐに助けに向かった。でも……急所を斬られてて、もう助けられる状態じゃなかった。」
その言葉に、千紗も眉をひそめる。
「……つまり、敵は見えない何かってこと?」
陽は力なく頷いた。
「そう……。敵がどこにいるのかも分からないまま、次々に仲間が殺されていったんだ。」
彼女は拳を握りしめ、震える声で続けた。
「私は……私は、何もできなかった……!」
陽は、悔しさをにじませながら話を続けた。
「……残ったのは、私を含めて3人だった。でも、敵の姿もわからないし、このままだと全滅すると思ったの。」
彼女は歯を食いしばる。
「だから、私が助けを呼びに行くことにした。仲間の2人には、できるだけ身を隠してここで待っててって言って……。それで、私は必死に森の中を走った。」
千紗と夕音は黙って聞いていた。陽は、深く息を吸い込むと続けた。
「……そしたら、すぐにあなたたちと出会ったってわけ。」
彼女の目は必死だった。
「お願い……!私の仲間を助けてほしい……!もう、私だけじゃどうにもできないんだ……!」
陽の言葉に、千紗と夕音は互いに目を合わせた。
状況は不明瞭だが、見えない敵によって確実に仲間が殺されている。
果たして、その敵の正体は何なのか——。




