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第32話:「再戦」

吹雪が少しずつ弱まり、ぼんやりとした輪郭が浮かび上がってくる。視界が戻りつつある中で、紗彩は警戒を解かず、静かに周囲を見渡した。


そのとき、不意に聞き覚えのある低い声が響いた。


「久しぶりだな。」


紗彩の目の前に立っていたのは、かつて廃鉱山で激闘を繰り広げた男――辰月一派の厳谷 迅だった。


「……アンタか。」


厳谷は不敵な笑みを浮かべながら、大きな斧を肩に担いでいる。その姿は、あのときと変わらず、いや、むしろ以前よりもさらに危険な雰囲気をまとっていた。


「前の決着をつけようじゃないか。」


言い終わるや否や、厳谷は躊躇なく巨大な斧を振り下ろしてきた。凄まじい勢いで、雪の地面が砕け、衝撃が周囲に広がる。


だが――


紗彩は一歩も引かず、軽やかにその攻撃をかわした。足元の雪が舞い上がる中、彼女は余裕の表情を見せる。


「……ふん。相変わらずパワー任せね。でも、前と変わらないわよ。」


その目には、確かな自信が宿っていた。


すると、厳谷は斧を持ち直しながら、ふっと小さく笑う。


「やはり上手くいったな。」


「……どういう意味?」


紗彩が警戒を強める。だが厳谷は余裕の表情のまま、ゆっくりと彼女を見据えた。


「さあな。ただ、お前たちがこうやって散り散りになったのは偶然じゃないってことだ。」


その言葉に、紗彩の表情が険しくなる。吹雪の中での分断――それすらも、辰月一派の計画の一部だったのか。


「つまり……これは罠ってこと?」


「さてな。だが、俺にとっては好都合だ。」


厳谷は再び斧を構える。そして、冷たい風が二人の間を吹き抜けた。


厳谷は一瞬の間も与えず、次々と斧を振り下ろしていく。重量のある武器とは思えないほどの速度と精密さで、斬撃が紗彩を追い詰める。


だが、紗彩は動じなかった。


足元に氷を瞬時に生成し、その勢いを利用して滑るように回避する。まるで氷の上を舞うように、彼女は厳谷の猛攻を軽やかにかわしていった。


「チッ、相変わらずすばしっこいな。」


厳谷は舌打ちしながらも、不敵な笑みを浮かべた。そして、余裕の表情でこう言い放つ。


「まあ、今まで通りだったら避けられるよな。」


その一言に、紗彩の眉がピクリと動いた。


――何かがおかしい。


確かに厳谷の攻撃は以前よりも鋭く、正確になっている。しかし、それ以上に違和感を覚えたのは、彼の”力の質”だった。


「……アンタ、無限石を使ってないわね?」


紗彩が冷静に問いかける。


厳谷は口元を歪め、満足そうに笑った。


「気づいたか。」


――そう、以前廃鉱山で戦ったとき、厳谷は無限石の力を使い、異常なパワーを発揮していた。だが今、この吹雪の中で戦っている彼は、その力をまったく使っていない。それにも関わらず、攻撃の速さも威力も、前とは比べ物にならないほど向上している。


「要するに……今のアンタの力は、“素”ってわけ?」


「そういうことだ。」


厳谷は斧を肩に担ぎながら、さらに口角を上げる。


雪が舞い上がる中、二人の間に緊張が走る。


「ふうん……面白いじゃない。」


-----


戦いは拮抗していた。


互いに一歩も譲らず、斧と氷刃が激しくぶつかり合う。厳谷の斧の一撃は重く、紗彩の防御を容易く砕こうとするが、それを氷の壁や素早い回避で凌ぐ紗彩。両者ともに譲らぬまま、戦場の吹雪はさらに激しさを増していく。


だが――


「それじゃあ、そろそろお披露目といこうか。」


厳谷がニヤリと笑いながら言った瞬間、彼の鎧の胸部に埋め込まれた大きな無限石が緑色に発光した。


次の瞬間――


「ぐっ……!?」


強烈な衝撃が紗彩の腹部を襲い、彼女の体は弾かれるように吹き飛ばされた。


何が起こったのか分からない。衝撃で視界が揺れ、冷たい雪の上に転がる。ようやく意識を取り戻したとき、自分の腹部に鈍い痛みが走っているのを感じた。


――何……今の……?


目の前に立つ厳谷を睨みつける。彼の手元には、斧の柄の先端――柄頭がわずかに雪に埋まっていた。


「気づかなかったか?」


厳谷は不敵に笑う。


「今ので理解しただろ? これが無限石の力、第1段階――“神速”だ。」


彼は斧を軽く回しながら説明を続ける。


「“神速”とは、無限石を使いこなした者が最初に得られる力。単純な強化じゃない……瞬発力を極限まで引き上げることができる。貴様が回避するよりも速く、俺が動けるってわけだ。」


紗彩は歯を食いしばった。


確かに、今の一撃は完全に見えなかった。気づいたときには既に攻撃を受けていたのだ。


厳谷はさらに続ける。


「ちなみに――辰月様は既に第3段階まで進んでいる。」


「……第3段階?」


「そうだ。そして第4段階に到達すれば……それこそ、“無限の力”を手に入れることになる。」


厳谷の目が鋭く光る。


「貴様に教えてやるよ、無限石の本当の恐ろしさをな。」


再び緑色の輝きが増していく――。


紗彩はゆっくりと立ち上がり、拳を握りしめた。


「……上等じゃない。」


だが、紗彩は徐々に押されてきてしまう。


厳谷の「神速」による攻撃は尋常ではなく、紗彩の氷の防御をすり抜けるように斬撃が飛んでくる。何とか応戦するが、一撃ごとに身体への負担が増していく。


そして――気づいたときには、厳谷の姿が消えていた。


「……ッ!」


周囲を見渡す。だが、気配すら感じられない。雪と風の音だけが響く。


(どこに……?)


警戒しながらも、紗彩は自分の呼吸を整え、冷静に周囲の情報を探る。


――そのとき、微かに足音が聞こえた。


背後だ――!


素早く振り向き、氷の刃を構える。だが、そこにいたのは――


「え……?」


そこには、厳谷の倒れた姿があった。


鎧は砕け、胸の無限石は光を失っている。


まるで、誰かに倒されたような状態だった。


(……そんな、あり得ない。)


一瞬、紗彩は混乱する。だが、次の瞬間――


「ははっ、簡単に引っかかったな。」


――背後から声がした。


紗彩が気づいたときにはもう遅い。


刹那、鋭い閃光が走った。


「ッ――!」


鈍い衝撃と共に、鮮血が舞う。


右腕が、肘のあたりから斬り飛ばされていた。


「……ぁ……!」


激痛が走る。雪の上に転がる自分の腕を見た瞬間、紗彩の意識が一瞬遠のきかける。


背後を振り向くと、そこには厳谷が涼しい顔で立っていた。


「無限石の”第2段階”――“幻影”。」


彼は軽く斧を振り払いながら、楽しそうに言った。


「簡単な話だ。“俺が倒れた”と思わせることで、ほんの一瞬でも貴様の注意を逸らす。気配も完全に消せるからな。」


ニヤリと笑う厳谷。


「おかげで、楽に一撃を入れられたな。」


激痛に耐えながら、紗彩は奥歯を噛みしめた。


(……くそ……ッ!)


戦況は最悪。右腕を失い、完全に不利な状況に追い込まれてしまった。


「さあ、どうする? もう戦えないんじゃないか?」


厳谷は斧を肩に担ぎながら、ゆっくりと近づいてくる。


しかし――


「……なめんなよ。」


紗彩は傷口を凍らせながら、残った左手で氷の刃を作り出した。


まだ、終わっていない。

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