第24話:「心配」
煙幕が晴れるころには、忍者風の男の姿はすでになかった。
「……逃げられたか」
隼風は悔しそうに拳を握りしめるが、すぐに気を取り直し、夕音とともに葵生のもとへと駆けつける。
葵生は木の根元に寄りかかりながら、傷口に血止めのパッドを当て、応急処置を施していた。顔色は悪いものの、命に別状はなさそうだった。
「葵生、大丈夫か?」
隼風が膝をつき、葵生の顔を覗き込む。葵生は息を整えながらも、小さく微笑んだ。
「……うん、なんとか……」
「なんでこんな無茶をしたんだ?」
隼風の問いに、葵生は少し目を伏せる。そして、意を決したように口を開いた。
「兄さんの代わりに、何か役に立てることがないかと思って……それで、今回の調査を……」
その言葉を聞き、隼風はしばらく黙っていた。しかし、すぐにため息をつき、軽く葵生の頭を撫でる。
「バカ野郎……無茶しすぎなんだよ」
葵生は少し困ったように笑い、隼風はそれ以上は責めなかった。
「……とりあえず、帰るぞ。詳しい話は後で聞く」
隼風がそう告げると、夕音も頷いた。一行は慎重に周囲を警戒しながら、その場を離れ、拠点へと戻るのだった。
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帰路の車内、隼風の運転する車の後部座席で、葵生はぼんやりと外の景色を眺めていた。傷口の痛みはまだ残っていたが、命に別状はないとわかると、少し気が緩んだ。
しばらく沈黙が続いた後、葵生はふと疑問を口にする。
「……ねえ、なんで兄さんたちは、私がここにいるってわかったの?」
運転席の隼風がバックミラー越しに視線を送る。すると、助手席に座る夕音が代わりに答えた。
「それはね、紗彩さんのおかげよ」
「姉さんが?」
「そう。あなたがいなくなったことに、すぐ気づいたみたい」
夕音は続ける。紗彩は葵生が家にいないと気づくと、すぐに葵生の部屋を確認し、パソコンを開いた。すると、直前まで調べていた履歴が残っており、今回の目的地を割り出すことができたという。
「その情報を持って、紗彩さんが隼風を説得したのよ」
隼風は苦笑しながら、片手でハンドルを切る。
「アイツ、すごい剣幕だったぞ。『葵生を助けて!』って、泣きそうになりながら食い下がってきたんだからな……」
「……そう、だったんだ」
葵生は少し目を伏せた。姉のことを思うと、胸がチクリと痛む。心配をかけてしまったことは間違いない。
「まあ、何にせよ間に合ってよかったよ」
そう言って隼風はアクセルを踏み込み、車は夜の街を駆け抜けていった。
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夜も更け、本部に戻った隼風たちを待っていたのは、姉の紗彩と明石千紗だった。
本部に入るなり、紗彩はすぐさま葵生の元へ駆け寄る。
「葵生!! 無事なの!? どこか痛むところは!? ちゃんと応急処置はされてるの!?」
矢継ぎ早に質問を投げかける紗彩に、葵生は少し気まずそうに視線をそらした。
「だ、大丈夫だよ……もう治療もしたし……」
しかし、紗彩の表情は怒りへと変わる。
「大丈夫じゃないでしょ!! なんでこんな無茶したの!? もし何かあったらどうするつもりだったの!!」
「えっと……」
葵生は言葉に詰まる。自分なりの考えがあっての行動だったが、それが周りにどれほどの心配をかけたかを改めて痛感した。
「もう、ほんっっっとに心配したんだからね……!」
そう言いながらも、紗彩の瞳には涙が滲んでいた。その様子を見て、隼風が一歩前に出る。
「紗彩、責めるのは後だ。まずは、ここまでやったことを褒めてやるべきだろ」
「えっ……?」
紗彩は戸惑った表情を浮かべた。隼風は続ける。
「たしかに危険だったし、勝手に突っ走ったのは問題だ。でも、葵生なりに考えて行動したんだ。それを頭ごなしに否定するのは違うと思う」
葵生は驚いたように隼風を見つめた。てっきり怒られると思っていたが、兄はむしろ葵生の努力を認めてくれている。
「それに……俺も反省してる。もっと早く気づけていれば、葵生がこんな危険なことをする必要はなかったんだ」
隼風の声には、悔しさが滲んでいた。そして、そのまま静かに宣言する。
「だから、俺はもう迷わない。……第20班の班長として、ちゃんと前に進むことにする」
その言葉に、場の空気が変わった。
紗彩はしばらく隼風を見つめていたが、やがて小さく息をついた。
「……わかったわ。でも、葵生にはちゃーんと罰を与えないとね」
「えっ?」
葵生が首を傾げると、紗彩はニヤリと笑って言った。
「罰として、今日は私と一緒に寝ること!」
「はぁっ!? なんでそうなるんだよ!?」
「当然でしょ! 大事な葵生が無茶して、今度はちゃんと目の届くところにいてほしいの!」
「いや、意味わかんねぇんだけど!? ていうか普通に部屋で寝たい!!」
葵生が必死に拒否するが、紗彩は容赦なく要求をエスカレートさせる。
「じゃあ一週間!」
「長い!!」
「ふふっ、ならずっとでもいいわよ?」
「いやいやいや!!」
そんなやり取りを見ていた千紗と夕音がクスクスと笑い出し、隼風も思わず苦笑する。
こうして、第20班に訪れた騒動は、笑いとともに幕を閉じたのだった。




