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第22話:「脱出」

葵生は焦りながらも冷静に状況を判断した。


(逃げるしかない——!)


「!? あれはっ?」


咄嗟に明後日の方向を指さす。


研究者たちと忍者風の男が反射的にそちらを見る。その一瞬の隙を逃さず、葵生は素早く手元にあった研磨粉を掴み、勢いよく床に撒き散らした。


「くっ、目が——!」


粉塵が舞い上がり、視界が遮られる。葵生はその間に素早く部屋を飛び出した。


しかし、すぐに施設内に警報音が響き渡る。


——侵入者発見、直ちに確保せよ。


(まずい……!)


来た道を戻ろうとするが、すでに警備員たちが武装して迫ってきているのが見えた。葵生は即座に別のルートを選ぶ。


(施設の地図は入るときに覚えてる……! 別の出口があるはず!)


周囲を見回し、計画通り通気口へ向かうことにした。


(通気口を抜ければ、森の外へ出られる……!)


葵生は迷うことなくダクトの入り口に手をかけ、素早く内部へと滑り込んだ。背後から警備員たちの足音が迫ってくる。


「逃がすな! 施設を封鎖しろ!」


葵生は息を殺しながら、通気口の狭い空間を這うように進んでいった。外へ出るまでの時間との勝負だった。


葵生は狭い通気口の中を慎重に進んでいった。覚えていた地図を頭の中で反芻しながら、出口へと向かう。


(確か、このまま真っすぐ行けば……)


しかし、次の瞬間——足元のパネルが突然外れた。


「えっ——!?」


葵生の体が重力に引かれ、一気に下へと滑り落ちていく。


(まずい!! どこに——!?)


どさんっ!!


気づくと、温かい感触に包まれていた。落下の衝撃もなく、怪我はない。


(……湯?)


ぼんやりとした蒸気の中で、葵生はようやく自分がどこに落ちたのか理解した。ここは風呂場だった。


——だが、それだけではなかった。


「……あら?」


耳に届いたのは、甘ったるい、だがどこか底知れぬ声。


葵生が慌てて視線を上げると、そこにはコルティニーが湯に浸かりながら、余裕たっぷりの笑みを浮かべていた。


「ねぇ、私の入浴中にいきなり落ちてくるなんて……どういうつもりかしら?♡」


コルティニーは湯船の縁に腕を乗せ、ゆったりとした仕草で葵生を見つめる。


(最悪だ……!!)


葵生の心臓が、一気に跳ね上がった。



葵生はすぐにでも風呂場を飛び出したかった。しかし、動こうとした瞬間、コルティニーのしなやかな足がするりと絡みつき、逃げ道を塞いだ。


「んふふっ♡ どこに行こうとしてるの?」


「……っ!」


葵生は歯を食いしばり、なんとか誤魔化そうとする。


「ただの……事故だよ。私は清掃員としてここに雇われていて、点検してたら落ちただけ——」


「ふぅん?♡」


コルティニーはにこりと笑いながら、足の力を強める。葵生の動きを封じるには十分な力だった。


「でもねぇ……ちょうどさっき、警報が鳴ったのよねぇ♡ 偶然かしらぁ?」


「……!」


「まさかぁ♡ 施設に潜り込んで、何かしてたんじゃないでしょうねぇ?」


コルティニーの目が一瞬、鋭く光った。葵生の心臓が跳ね上がる。


(まずい……!)


逃げなければ——そう思った矢先だった。


「ま、試してみれば分かるわよね♡」


コルティニーが突然、葵生の肩を掴む。そのまま、一気に——湯船の中へと沈めた。


「っ!!?」


熱湯が容赦なく葵生を包み込む。息をする間もなく、全身が湯の中に沈み、視界がぐらりと歪む。


(やばい……!)


抵抗しようとするが、コルティニーの力は意外にも強く、簡単には振りほどけない。肺が悲鳴を上げる。


「さてぇ♡ どのくらいで白状するのかしらぁ?」


湯の中で揺れるコルティニーの姿が、まるで悪魔のように見えた。


葵生は荒く息をしながら、熱湯の中から引き上げられた。水が気管に入り、咳き込みながら肩で息をする。


「げほっ……! っ……く、くそ……」


そんな葵生の様子を見下ろしながら、コルティニーは妖艶な笑みを浮かべる。


「ふふっ♡ そういえば、あなたの顔……どこかで見たことあるのよねぇ♡」


「……っ!」


葵生の心臓が一気に跳ね上がる。


(まずい……!)


ここで正体がバレれば終わる。葵生はなんとか平静を装い、すっと目を伏せた。


「……気のせいじゃないか?」


「んー♡ どうかしらぁ?」


コルティニーは顎に指を添え、ゆっくりと思い出すように目を細める。


「ま、どちらにせよ……」


ぴちゃり、と湯が跳ねた。


「全部吐いちゃえば楽になれるわよ♡♡」


「やめ——」


葵生が叫ぶ間もなく、コルティニーは再び葵生の肩を掴み、そのまま湯の中へと沈めた。


「っ!!」


熱湯が再び全身を包み込む。息が一気に奪われ、視界がぼやける。肺が焼けるように苦しく、腕をばたつかせるが、コルティニーの力は強く、葵生は完全に封じ込まれていた。


(だめだっ……! このままじゃ……!)


意識が薄れていく中、葵生は必死に考えを巡らせた。

どうにかして、この状況を打開しなければ——。


そこでふと、無限石の事を思い出す。

葵生は無限石のサンプルを強く握りしめ、全神経を集中させた。


(動くかどうか分からないけど...さっきの電撃……出ろっ!!)


そう念じた瞬間、無限石が青白く発光し、バチバチとした電流がコルティニーの全身を駆け巡った。


「かはっ……♡」


コルティニーの体がビクリと跳ねる。浴室全体に弾けるような光が走り、彼女は湯船の中でぐったりと力を失った。


(効いた……!)


葵生はすぐさまコルティニーの足を振り払い、湯船から這い出した。


コルティニーは浴槽の縁にもたれかかり、肩で息をしていたが、目は虚ろに開いていた。


「な、に……これ……♡ びりびり、しちゃった……♡」


意味のわからないことを呟きながら、そのまま気を失った。


(助かった……! 今のうちに!)


葵生は息を整え、出口を探した。警報は依然として鳴り続けている。


(とにかく逃げないと!)


彼女は浴室を飛び出し、施設の廊下へと駆け出した——。


「出口、出口……!」


葵生は必死に記憶を頼りに施設の構造を思い出す。


(確か、この先の右に曲がれば倉庫……! 物陰に隠れれば——)


だが、その時だった。


「——おいガキ、なかなかやるじゃねぇか」


ピタリ、と葵生の動きが止まる。


ゆっくりと振り返ると、そこには先程の忍者風の男が、悠然と立っていた。


「幹部の俺を出し抜くとは、大したもんだなぁ?」


(いつの間に!?)


葵生の心臓が高鳴る。警報が鳴っていたから警備が駆けつけるとは思っていたが、まさかこいつが来るとは想定外だった。


男はじっと葵生を見下ろしながら、にやりと笑う。


「まぁ、俺も優しい方じゃねぇからな。舐めたガキには、それなりの教育が必要だろ?」


男が腰の短刀を抜く。


(逃げ道は……!)


だが、背後からは警備員たちの足音が迫る。完全に挟み撃ちの状況だった。


葵生は、焦りを押し殺しながら、表情を作る。


「こんな単純な嘘に引っかかるとか、それでも幹部なんですかぁ?」


相手を苛立たせ、平常心を失わせる——戦闘が苦手な葵生に、それしか道はなかった。


だが、男はピクリと眉を動かしただけで、楽しげに口元を歪める。


「……へぇ、ガキのくせに口は達者だな」


(しまった……全然効いてない!?)


目の前の男は、ただのチンピラではない。葵生の計算を軽く上回る強者だった。


「さて、どう料理してやるかなぁ?」


短刀の刃がわずかに光を反射する。


このままでは確実に捕まる——葵生は、ある”一か八か”の行動に出ることを決意した。


葵生は、一瞬の躊躇もなくポケットから無限石のサンプルを取り出し、思い切り床に叩きつけた。


「——っ!!」


バチッ! と青白い閃光が弾ける。


無限石は制御されていない状態で強いエネルギーを放出し、激しい電流が辺りに走る。


「チッ……!!」


忍者風の男はすぐに飛び退いたが、完全に避けることはできなかった。彼の体を電流が貫き、一瞬動きが鈍る。


(今だ!!)


葵生は全力で駆け出し、部屋の隅にあった消火器を掴むと、ノールックで後方に噴射!


ゴォッ! と勢いよく白い煙が広がり、視界を奪う。


「クソッ……!!」


男の怒声が聞こえたが、葵生は迷わずまた通気口の方へ走る。


(あと少し……あと少しで……!)


だが、その時——


シュバッ!


空を切る音とともに、何かが葵生の頬をかすめ、血が流れた。


「——!!」


鋭い切っ先が床に突き刺さる。それは、男が投げた短刀だった。


(今の……少しでもズレてたら……!)


背筋が凍るが、ここで止まるわけにはいかない。葵生は迷わず通気口に飛び込み、そのまま中を這って進んでいく。


背後から響く怒声を無視しながら、葵生は自分の心臓の高鳴りを抑えようと必死だった。


(……絶対、逃げ切る!!)


葵生は必死に息を整えながら、通気口の狭い空間を進んでいた。


(もう少し……もう少しで外に出られる……!)


出口が見えた。通気口のカバーを押し開き、夜の冷たい空気が頬に触れる。なんとか外に出ることができた。


「……っ、はぁ……はぁ……」


しばらく走り、施設から十分に距離を取ったところで、ようやく安堵の息を吐く。ふらつく足を支えるように、近くの木に寄りかかる。


——その瞬間だった。


ドスッ


「……っ!? ぐ……ぁ……っ!」


鋭い痛みが脇腹に突き刺さる。見ると、黒光りするくないが深々と刺さっていた。


(な……に……?)


血がじわりと染み出し、意識が揺らぐ。


「もちろんこっちも、施設の構造は把握してるんだよなぁ?」


耳元で、聞き覚えのある低い声が響く。


葵生はゆっくりと顔を上げる。


目の前に立っていたのは——いや、正確には葵生が寄りかかっていた木が変化した姿——あの忍者風の男だった。


「まさか、木に擬態していたとは……」


歯を食いしばる葵生を見下ろし、男は不敵に笑う。


「お前、やることは面白ぇが、まだまだ甘ぇな」


強い痛みと出血により、葵生の意識はどんどん薄れていく。


(ここで……終わる……の……か?)


そのとき——


「葵生!!!」


夜の闇を切り裂くような、力強い声が響いた。


——兄、隼風の声だった。

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