第17話:「白瀬の救出」
信号が出た場所に向かった第20班のメンバーたちだったが、そこには誰の姿もなかった。ただ、地面に転がる白瀬の携帯だけが、彼女が確かにここにいたことを示していた。
隼風はそれを拾い上げると、わずかに残る血痕に気づいた。地面にはかすかな足跡が続いている。
「……くそっ」
迷うことなく、その足跡を追った。
仲間に指示を出すよりも、一刻も早くたどり着くことが先決だった。何より、胸の奥がざわつく。ただの勘ではない、嫌な予感がしていた。
どれほど走っただろうか――
隼風の視界に、それは映った。
人の姿――だが、それはあまりに無惨だった。
「……由莉?」
呆然と、彼はその名を呼ぶ。
目の前に倒れているのは、血に染まった白瀬由莉だった。
右腕は肩から先が失われ、服は引き裂かれ、傷口からはまだ赤黒い血が流れ続けている。肌には無数の裂傷が刻まれ、地面には肉片が散らばっていた。それでも、彼女はまだ生きていた。
隼風は膝をつき、白瀬の顔を覗き込む。
「おい……しっかりしろ!!」
震える手で彼女の肩を揺さぶると、かすかに瞼が動いた。
「……隼……風……?」
「そうだ、俺だ……! 今、助ける……!」
必死に止血をしながら、隼風は叫んだ。
すると、白瀬の唇が震え、弱々しく言葉を紡ぎ始めた。
「……どうして……助けるの……?」
「バカ言うな……お前は俺たちの仲間だろうが!」
白瀬はかすかに笑ったような気がした。しかし、その表情はどこか儚かった。
「私……スラムの生まれで……ずっと、貧しかった……母さんと二人で……でも、母さん……病気で……」
隼風の手が止まる。
「……お金が……必要だった……治療費……だから、仕方なかったの……私は……能力を、犯罪に……使って……」
彼女の目から涙がこぼれる。それは痛みではなく、後悔と絶望が入り混じった涙だった。
「なのに……あなたは……どうして……私を……助けるの……?」
隼風は拳を握りしめ、低く言った。
「そんなの……決まってんだろ」
「……え?」
「お前がどんな過去を持っていようと、そんなことは関係ない。今、お前は俺たちの仲間なんだ。それだけで十分だろうが……!」
白瀬の目が見開かれる。
「でも……私は……罪を……」
「そんなの関係ねぇよ!!」
隼風の怒声が響く。
「お前が何をしてきたかなんて関係ねぇ。今、お前はここにいる。俺は、お前を仲間として受け入れたんだ。だったら、助けるのは当然だろ!」
白瀬の涙が止まらなくなった。
「……そんなこと……言われたの……初めて……」
その言葉を聞いた瞬間、隼風の胸が締め付けられる。
どれだけの孤独を、彼女は抱えていたのか。
どれだけの痛みを、一人で背負ってきたのか。
隼風は歯を食いしばりながら、必死に止血を続ける。
「大丈夫だ、由莉……助けてやるからな。だから、お前も……生きることを諦めるんじゃねぇぞ……!!」
白瀬の意識が、次第に遠のいていく。それでも、彼女の唇はかすかに動いた。
「……ありがとう……」
そう呟いた直後、彼女の意識は完全に途切れた。
「由莉!!! しっかりしろ!!」
隼風の叫びが、夜の闇に響き渡る。
彼は、絶対に彼女を助けると誓った。
彼女がもう二度と「ひとり」だと感じることのないように――。
白瀬の告白、そして悪夢の再来
微かな意識の中で、白瀬は温かさを感じていた。
揺れながら進む感覚。背中に伝わる熱。
「……あれ……?」
薄く目を開けると、視界には夜空が広がっていた。
「……お前、やっと目を覚ましたか」
背後から聞こえる懐かしい声。
「……隼風……?」
そう、彼女は隼風に背負われていたのだ。
隼風は白瀬を背負いながら、ゆっくりと歩いていた。周囲を警戒しつつ、仲間との合流地点を目指していたのだ。
「お前、結構重いな」
「……失礼ね……」
「冗談だよ。いいから大人しくしてろ」
白瀬はふっと微笑んだ。
「……助けてくれて、本当にありがとう……」
隼風は黙っていた。
「……ねぇ、隼風……」
「ん?」
「もし……もしも、私が違う生き方をしてたら……普通に、何も背負わずに生きてたら……今と違う関係になってたのかな……」
隼風の足が、一瞬止まった。
「……なんだよ、それ」
「……ううん。変なこと言ったね。でも……」
白瀬は、弱々しく微笑んだ。
「今は……すごく、幸せ……」
そう言って、彼女は隼風の背中に頬を寄せる。
「……おい」
「ねぇ……隼風、私ね……」
その時だった。
白瀬の表情が、ふと曇る。
「……あれ?」
「……どうした?」
「……ペンギンが……」
白瀬はぎょっとしたように、あたりを見回す。
「ペンギンがいない……!!」
その瞬間。
シュッ
まるで空気を裂くような音がした。
「……え……?」
白瀬の首に、赤い線が走る。
次の瞬間――
ドボッ
白瀬の喉から、大量の血が噴き出した。
「――ッ!!」
彼女の体がガクンと揺れ、隼風の背中から力が抜けるのがわかる。
「は……?」
隼風は血の温かさを感じながら、恐る恐る振り向く。
そこには――
コルティニーがいた。
狂気に満ちた笑みを浮かべながら、彼女は片手に握ったものを高く掲げていた。
首を切られたペンギンだった。
白瀬の相棒。彼女の命そのもの。
「はい、おしま〜い♡」
コルティニーは舌をペロリと出しながら、ゆっくりとペンギンの血のついた刃を舐めた。
「まったく……感動の再会の途中でごめんなさ〜い♡ でも、先に片付けておかないとねぇ?」
「……っ」
隼風は息を呑んだ。
「……ふざ……けんな……」
「ふざけてないわよ♡ ほら、見て見て♪」
コルティニーはペンギンの亡骸を振って見せる。
「ねぇねぇ? これがなくなったら、どうなるのかしらぁ〜? お姉さん、知りたいなぁ♡」
「おい……やめろ……」
隼風の手が震える。
白瀬は何も言わない。ただ、ガクガクと体が震えている。
彼女の喉からは、異音が漏れる。
血泡が弾ける音がする。
そして――
白瀬の瞳が、絶望に染まる。
「う……ぁ……」
「ほらほらぁ♡ もうちょっとで死んじゃうねぇ♡」
コルティニーの狂気の声が響く中、隼風の中で何かが壊れた。
「ぁ……」
「ん〜? どうしたのぉ? まさか泣いちゃうのぉ?」
「うあああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
隼風の絶叫が、夜空に響き渡った。




