第1話: 「始まり」
S.C 941年、4月
日の出とともにシンセシティが目覚めた。広がる青空の下、高層ビル群が朝陽を受けて輝いている。その中でもひときわ目を引く、中央区にそびえる「ユスティティア・ルカヌス本部」。能力者たちの平和維持を目的とした組織の中核であり、今朝、新設された「第20班」の発足式が行われていた。
本部長室に呼び出された18歳の青年・柄本隼風は、厳粛な雰囲気の中で自分が新たな班長に任命されたことを知らされた。
「柄本隼風、君を第20班の班長に任命する。」
湯島本部長の声が重く響く。
一瞬、隼風は表情を固めたが、すぐに気を引き締めて頷く。
「承知しました。」
隼風には、風を操る能力があった。突風を起こし敵を吹き飛ばすことから、刃のように鋭い風を繰り出す技、さらには風を纏って少しだが空を飛ぶこともできる。その力は十分班長に相応しいとされていたが、彼自身はまだ迷いを抱いていた。
初任務
式が終わるとすぐ、湯島本部長が彼に指令を渡す。
「隼風、これが君の初任務だ。」
隼風は指令書を受け取ると、その内容に目を通す。
「東区のスラムで能力者による事件が頻発している。調査してほしい。」
一言一句に目を走らせる隼風だったが、指令書の終わりまで読んでも、自分以外の名前は見当たらない。
「ちょっと待ってください。本部長、班員がいないのに俺一人で行けと?」
思わず指摘すると、湯島は微かに笑った。
「班長としての初仕事だ。期待しているぞ。」
半ば強引に話を締められ、隼風は内心でぼやきながらも、任務を受け入れざるを得なかった。
スラム街への道
東区に到着すると、景色は一変する。中央区のきらびやかなビル群とは対照的に、古びた建物が立ち並び、未整備の道路には穴が目立つ。人々の顔には疲労と警戒心が浮かび、治安の悪さを物語っていた。
「ここで何が起きてるんだ……。」
隼風は街を歩きながら周囲を観察する。能力者による犯罪――それは単に力の乱用だけでなく、追い詰められた人々の絶望の産物でもあるのかもしれない。そんな思いが頭をよぎった。
やがて、廃倉庫街に差し掛かったとき、不意に視線を感じて立ち止まる。背後から小さな足音が近づいてきた。
「誰だ?」
振り返ると、そこには長い黒髪をポニーテールにした少女が立っていた。隼風と同じくらいの年齢――18歳だろう。薄汚れたジャケットにジーンズ姿の普通の少女だが、その目には鋭い光が宿っている。
「ここで何してるの?」
静かだが警戒を含んだ声。その問いに、隼風も警戒を解かないまま答えた。
「調査だ。君は?」
少女は答えず、彼をじっと睨みつける。足元には小さなペンギンがいた。普通の動物ではない――その雰囲気がひしひしと伝わってくる。
「そのペンギン……君の能力か?」
隼風が問いかけると、少女は一瞬だけ驚いた表情を見せたが、すぐに険しい顔に戻った。
「関係ないでしょ。」
その言葉に、隼風は確信した。この少女とペンギンが、この周辺で起きている能力者犯罪に関係している。
氷の能力
隼風がさらに言葉を続けようとした瞬間、少女が静かに手を伸ばした。ペンギンが動き出すと同時に、冷たい空気が周囲に広がり始める。地面が凍りつき、倉庫街全体が一瞬で冷気に覆われた。
「これ以上近づかないで。」
警告のような言葉だったが、その声には明らかな敵意が含まれていた。
「待て、俺は敵じゃない!」
隼風が手を挙げるが、少女は聞く耳を持たず、氷の刃のような冷気を彼に向けて繰り出してきた。
「邪魔をしないで!」
咄嗟に風を起こし、自分の体を守る隼風。冷気を弾きながら、彼は距離を取る。
「本気で俺を排除するつもりか……!」
少女は無言で攻撃を続ける。ペンギンが放つ冷気が地面を覆い、凍りついた空間がますます広がっていく。
風の盾
隼風は地面を滑らないように風を足元に纏わせ、素早く移動していく。そして少女の正面に立ちふさがると、静かに呼びかけた。
「こんなことをして、何の意味があるんだ!君の能力、もっと他に使えるはずだろ!」
その言葉に、少女は一瞬だけ動きを止めた。そして、力なく呟くように答える。
「……私にはこれしかない。家族を守るために、これしか……。」
「家族?犯罪をしてまで?」
隼風がさらに問うと、少女は顔を歪めた。
「そんなのどうでもいい!邪魔するなら消えて!」
ペンギンが一気に冷気を放ち、隼風の周囲を完全に凍らせる勢いで攻撃を仕掛ける。
「くそっ……!」
隼風は両手を広げ、風の壁を作り出した。冷気を弾き返しながら、じりじりと少女に近づいていく。
手を差し伸べる隼風
やがて、攻撃が止む。少女は肩で息をしながら、隼風を見据えていた。
「もうやめろ。これ以上やったって無駄だ。」
隼風が手を差し出すと、少女はためらいながらも彼を見返した。
「君の力はこんなことに使うためのものじゃない。俺と一緒に、もっと正しいことをしよう。」
少女は何かを考えているようだった。だが、ペンギンが彼女の足元に寄り添うと、静かに頷いた。
「……信じていいの?」
「もちろんだ。第20班に入って、君の力を役立ててくれ。」
隼風の言葉に、少女は小さく息を吐き、手を取った。そして静かに口を開く。
「……私の名前は白瀬由莉。あなたが信じてくれるなら……私も信じる。」
名前を聞いた隼風は、力強く頷いた。
「白瀬由莉か。よろしくな。俺は柄本隼風、第20班の班長だ。」
こうして、白瀬由莉とそのペンギンが第20班に加わることになった。廃倉庫街に冷たい風が吹き抜ける中、隼風は新たな仲間と共に前を見据える。
「これが俺たちの始まりだな……。」
隼風の呟きが、冷たい朝の空気に溶けていった。