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未来

「ここに居たかカタリーナ!」


 カタリーナがアリスを含む友人たちとテラスで談笑していると、王太子ヴァルラムがオットーを含む何人かの取り巻きを引き連れて現れた。

 王太子は学園の制服ではなく煌びやかな王太子の礼服に身を包んでいる。


 一様に表情は険しい。


 急に聞こえた大声に、カタリーナやアリスたちだけでなく偶々周囲に居た人達もお喋りを止め、何事かと視線を送る。

 そして王太子の礼服を見ると、全員が礼儀として立ち上がった。

 ヴァルラムが生徒の一人としてではなく、王太子としてこの場にいるのを理解したからだ。


「これはヴァルラム様、一体如何なさいましたの?」


 カタリーナが問いかけるが、王太子はすぐには答えない。

 代わりにゆっくりと辺りを見回し、自分に視線が集まっている事を確認すると、改めてカタリーナに視線を戻し、彼女を指差すと高らかにこう宣言した。


「公爵令嬢カタリーナ! 貴様との婚約を、今! この場で! 破棄するッ!!」


 周囲は一気にざわめきに包まれた。


 これは、ストーリー的には婚約破棄イベント。魔王との決戦前にあったはずの事件だ。

 婚約破棄と謹慎を言い渡されると、カタリーナに憑依した魔王は本性を現し暴れようとする。それを本物のカタリーナが力を振り絞って一時的に押し留め、知り得た情報を伝え……と展開していくのが元々の流れ。

 魔王は滅んだというのにストーリー自体は中途半端に続いていたのか。


「ヴァルラム様、突然何を仰いますの?」


 カタリーナは困惑し、理解できないという風に答える。

 実際、この事態は予想外だろう。なにしろ魔王に憑依されずに済んだので、婚約破棄に繋がる虐めイベントは一切発生しなかったのだから。


「とぼけるな! 貴様が陰でアリスを虐めている事は分かっているのだ!」


 一方の王太子の顔は自信と正義感に満ち溢れている。

 公開の場での吊し上げなど礼に適った振る舞いとは言い難いが、間違った事をしているとは微塵も考えていないようだ。

 取り巻き達の顔はというと、険しいというよりは強張っているようだ。王太子に引き摺られてこの場に来ただけ、と言ったところか。

 本来のストーリーでは、酷い虐めが明るみに出て学園全体が動揺していた。その事態を収拾する為に王太子は非道と知りつつ敢えて人前での断罪を選んだはず。

 しかし今回は? 虐めなど一切なかったのだ。何故このような行為に及んだのか。


「虐めてなどいませんわ。何か誤解なさっているのでは?」

「飽くまでもしらを切るつもりか。いいだろう、証拠を見せてやろう」


 王太子はつかつかとアリスに歩み寄る。


「これが証拠だッ!!」


 そう言うと、アリスの髪を思い切りよく引っ張った。

 現れたのは、少しだけ毛が生え始めた頭部。

 王太子はアリスの(かつら)を毟り取ったのだ。


「貴様はアリスが俺と友誼を深めたのに嫉妬し! さらにはこの髪型で自分よりも人目を引いているのに腹を立て! 非道にもアリスの頭髪を剃り落とした! これがその証拠だ!!」


 美豆良(みずら)に結われた薄紅色の鬘。それを王太子が高々と掲げて宣言する。


「こ、これは……」

「なんて惨い……あ、無論カタリーナ様の所業の事です、ハイ」


 取り巻き達は顔を引きつらせている。

 しかし、非難の目はどちらかと言うと王太子に向いているようだ。

 無用にアリスを辱めているのだ。さもありなん。

 しかし誰一人として王太子を諫めようとしないのは情けない。


 王太子は取り巻き達の様子に気付かないのか、いかにも正義を為しているといった態度でカタリーナを真っ直ぐ睨みつけている。

 誤解なのは明らかだが、その誤解を基にした王太子の暴走か。

 どう見ても単にカタリーナを責めているだけで他の意図はありそうにない。単なる暴走で間違いなさそうだ。


 あまりにも不躾な行為にカタリーナは動転してしまっているようだ。友人達も呆気に取られている。

 晒し物にされたアリスはと言えば、涙目だ。こちらも上手く対応できないのだろう。

 そのまま上空を漂う俺の方を縋る様に見てきた。


 そう、俺はまだ彼女の傍にいる。

 魔王を滅ぼした後、俺は黄泉国(よみのくに)に下ろうとした。しかし不安がるアリスに呼び戻され懇願され、結局しばらく見守ることにしたのだ。

 アリス以外には見えていないようだが、それからずっと俺はアリスの近くにいた。

 特にカタリーナには知られないよう、何もせず見守るだけに(とど)めていた。

 しかし今回は仕方ない。

 髪を剃り落とす決断をし、実行したのは俺だ。

 後始末くらいはするべきだろう。


「王太子殿下、発言しても宜しいでしょうか」


 俺はアリスに再び憑依し、アリスの口を借りて発言する。


「許す。君にも言いたくても言えなかったことが色々あるだろう。何でも言うがいい。王太子の名において許可する」


「有難き幸せに存じます。では申し上げます。

 王太子殿下のなさり様には三つの問題点がございます」


「なっ!」


 自分の方に矛先が向くとは思わなかったのか、王太子が面食らっている。

 鬘を奪ったというのに、アリスを辱めている自覚がないらしい。


「アリス、不敬だぞ、慎み給え」

「私は殿下ご自身の許可を得て発言しています」


 確かアドルフという名前だったか、取り巻きの一人がおかしなことを言い始めたのを正論で黙らせる。


「一つ目。

 私の髪は自分で剃りました。髪が私自身の魔法で焼けてしまったのです。

 カタリーナ様には鬘を用意して頂きました。感謝こそすれ恨むようなことは一切ございません。

 何故誤解なさったのでしょうか。私かカタリーナ様に一言お尋ねになればすぐ分かる事でしたのに」


 アドルフに他の取り巻き達の視線が集まる。成程、彼が妙な噂を王太子の耳に入れたのだろう。

 王太子一人だけはアドルフの方を一瞥もしない。自らの行いを顧みているようだ。


「二つ目。

 無関係な者も大勢いるこのような場所で婚約の破棄を叫ぶ必要があったのでしょうか。

 このような行為は(いたずら)にカタリーナ様を貶めるのみならず、ご自分の評判をも損なう結果となるでしょう。

 三つ目。

 人前で鬘を剥ぎ取るとは如何なる思し召しでしょうか。私を辱めたとカタリーナ様を(なじ)っておきながらこの仕打ち。目下の物にも思い遣りをもって接して頂きとう存じます」


 ここで初めて王太子は慌てた。


「いや、それは、カタリーナの罪を明らかにするためにだな……ええと……」


 王太子は言葉が見つからないようで、しどろもどろだ。

 漸く自分の行いを客観的に認識することが出来たのかも知れない。


「先程申し上げましたように、罪など初めからございませんでした。(よし)んば罪有りとしても礼に適った遣り様がございましたでしょう。

 ともかくも私を哀れと思し召すならば鬘を返して頂けますでしょうか」


「あ、ああ。済まない」


 王太子はぎこちない動きで鬘を返してくる。

 俺は鬘を被りなおすと、話を続けた。


「側近の方々にも申し上げます。

 王太子殿下の意を汲み物事を進めるのは忠臣と言えましょう。

 しかしながら、主人の羽翼たらんと欲するならば諫言する事も又、必要かと存じます。

 王太子殿下が(まさ)に道を外れんとするならば、皆様はそれを諫めるべきです。

 申し上げたき儀は以上です」


 取り巻き達は何か言いたげだったが、結局何も言うことはなかった。

 それだけ王太子の遣り様には問題があったのだ。


「ヴァルラム様、お言葉は確かに承りましたわ」


 俺が話している間に考えをまとめたのか、カタリーナが話し始めた。


「しかしながら、今回の件は私の一存では何ともお答えいたしかねます。

 私の方から当主である父に報告させて頂きますので、今後は我が公爵家と王家とで話し合うことになるでしょう。

 それでは失礼いたします。皆様、参りましょう」


 カタリーナは優雅に一礼する。

 アリスや友人達もそれに倣って礼をすると、その場を離れた。







 後日。


「カタリーナ様、遅くなり申し訳ありません」

「構わないわ。いらっしゃいアリス。タケルもいるんでしょう」


 ここは学園の談話室。カタリーナがここにアリスを呼び出したのだ。

 以前と同様人払いしてあるようだ。


 俺はもう一度アリスの口を借りて返事する。


「ああ、まだ居るぞ」

「やっぱり。

 先ずはお礼を言わせて。ヴァルラム様の件はあなたのお陰で助かったわ」

「やっぱり俺だと分かるか」

「そりゃあね。アリスはああいう物言いはしないもの。それにそもそも雰囲気が全然違うわ」

「それもそうか。それで、今日はその礼を言うために呼んだのか?」

「それもあるけど、他に話もあるのよ。話の順番として、まずはあの後の事を話すわね。

 ヴァルラム様の事はあの日すぐに父から陛下に話をしてもらったの。

 陛下は大層衝撃を受けられて、そのまま天に召されるのではないかと心配になる位だったそうだけど、即座に事実関係を確認して下さったそうよ。

 その結果婚約は解消、ヴァルラム様は廃太子と決まったわ」


「それは何よりだ。実のところ、世継ぎがあれだったからこの国の行く末が心配だったんだ。

 思い込みが強く視野が狭い。行動力がある分だけ余計に悪い。他者の言葉を聞く耳を持っているのは美点だが、肝心の判断力に問題があっては却って欠点だ」

「そうね、誰かにいいように操られて国を傾けやしないかと、父や陛下は以前から心配していたのよ」


 その言葉で思い出したのが、税を物納から金納に変え、国庫の穀物も全て換金する話だ。

 本当に実行するとなると今ある硬貨の量では足りないはず。大量に増鋳することになるだろう。

 必要な量が出回るまでは硬貨の価値が高止まりするだろうし、硬貨に使う金属、この国では金、銀、銅だが、それらの需要も急増し価値が急騰する可能性もある。そうなれば硬貨を溜め込んでいる貴族や鉱山を持っている貴族に大きな利益を齎すだろう。少なくとも短期的には。

 もしかすると金納の話も、そんな貴族の誰かに吹き込まれたのかもしれない。

 あの時一緒にいたのはオットーで、あの施策に妙に拘っていた。もしかすると彼の家が鉱山を持っていて、という可能性もあるな。


「一方で学園での成長には期待していたの。そして本来のストーリーでは、ヴァルラム様はアリスとの交流をきっかけに期待通り成長していくはずだったのよ。

 でもそれ関係のイベントは、強制イベントの筈なのに一切発生していなかった。私とアリスが引篭もっていた所為ね。だから彼は未だに成長できていない。いいえ、むしろ悪化してしまっているわね。

 迂闊(うかつ)だったわ。ストーリーを捻じ曲げたのだからそうなる可能性は十分あったのに、思い至らなかった。

 勿論ストーリーを変えた事に後悔はないけれど、少しだけ可哀想な気がするわ」

「カタリーナが気に病む事じゃない。彼は王族として育ってきたのだから、学ぶ機会は今まで幾らでも在った筈だ。それを生かせなかったのは本人自身の責だ」

「そう言ってもらえると、少し気が楽になるわね。

 前に話したかもしれないけど陛下はもう余命が幾ばくも無いの。そしてその事を悟っていらっしゃる。だからヴァルラム様の成長を待てないと決断されたそうよ」

「しかし、そうすると王位は誰が()ぐんだ? 陛下の御子はヴァルラム殿下唯一人と聞いているが」

「私よ」

「カタリーナが!?」

「私の父が陛下の唯一存命している兄弟で継承順位第ニ位、長女の私が第三位だったの。第一位のヴァルラム様が外され、第二位の父が辞退したから私に回ってきたのよ」

「それは、おめでとう、と言っていいのか?」

「ええ。今のヴァルラム様が即位するよりずっといい結果よ。それに元々王妃になる予定だったし、心構えはもう出来ているわ。

 ただ、ひとつだけ問題が有ってね」

「それは何だ?」

「政治向きに詳しい方とはあまり親しい関係を結んでいないのよ。国王の領分を侵すつもりはないというアピールの為だったのだけど、今となってはブレーンが足りなくて困っているの。

 あーあ、どこかにいないかしら。信頼できる方で、政治に見識のある方。厄介な背後関係が無くて、国王の経験が有ったりすると最高なのだけど」


 余りにもあからさまな指名に、思わず笑ってしまう。


「おいおい、お前には俺が見えないだろう。素質はあるのだろうから訓練すればいずれ見えるようになるのかも知れないが、悠長な事は言っていられないだろう?」


「ですからアリス、表向きは貴女がブレーンになって下さると助かりますわ」

「一先ずアリスに代わるぞ」


 俺は憑依を解いた。

 実は、通常の神降ろしとは異なりアリスは憑依されている間の事を憶えていた。

 だから前回憑依が解けた後も彼女は然程(さほど)苦労はしなかったし、今回も改めて説明しなおす必要は無い。


「私は構いません。義父も喜ぶでしょう。でも……」


 そこでアリスは一旦言葉を切り、揶揄うような笑みを浮かべた。


「素質はあるはずなんですから、ゆくゆくはお二人で直接言葉を交わせるようになってくださいね。二人きりで話したい事もあるでしょうし、何よりいつまでも私が間に挟まっていてはお邪魔でしょう?」

「なっ!」


 カタリーナの顔が真っ赤に染まった。

 怒りではなく羞恥だろう。

 すこし(くすぐ)ったい。そう思った気持ちをすぐ打ち消す。

 執着は危険だ。それは悪鬼への道。カタリーナの為にはならない。

 彼女はいずれ誰かと結婚するのだ。子を儲ける必要があるのだから。俺はそれを笑って祝えなくてはならない。


 でも、まだ俺は大丈夫だ。今は素直に、彼女に求められている事を喜んでおこう。


 いずれ黄泉国で、()国の民に護れなかったことを謝らねばならない。しかし俺がそこに下るのはもう少し先になるだろう。

 彼等にはもう暫く待ってもらおう。望むらくはカタリーナの治世が盤石となるまで。もう二千年も待たせたのだ。大した差ではないだろう。


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