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魔王

 学園の片隅、人が滅多に立ち入らない木立の奥の奥、鬱蒼とした森のようになっている場所に石造りの祠がある。屋根までの高さは人の背丈ほど。奥行きも同じくらいだ。

 何のために建てられたのかも忘れ去られた古い古い祠。

 何故か周囲には草一本生えていない。そこだけ切り取られたように土がむき出しになっている。祠の上にかかる木の枝はどれも枯れたようになっていて葉を一枚もつけていない。

 扉のない入り口から中を覗くと中央に大きな黒い石板。その周りを囲むように六つの穴が開いていて、そのうちの一つだけに膝の高さほどの白い石柱が突き立てられている。


 ある日の黄昏時。


 その唯一の白い石柱が突然砂となって崩れ落ち、風に吹き散らされて消えた。

 同時に石板が黒い(もや)に姿を変えて入り口から流れ出る。


 その靄は一塊になったまま辺りを見回すように揺らめき、直ぐに一点を向いて止まった。

 その先には薄紅色の髪を美豆良(みずら)に結った小柄な人影がある。


『おお、感じる。感じるぞ! 心地よき深き憤懣(ふんまん)、濃密な瞋恚(しんに)の気配を!』


 声なき声が響く。

 そして黒い靄は真っすぐに人影へと向かうとその周りを取り巻いた。


『桃色の髪の少女よ。内に憎しみの炎を秘めた、霊媒の才を持つ少女よ。汝の力は実に素晴らしい。故に月の王たる我の器となる栄誉を授けよう!』


 その声と共に黒い靄は人影の中にするりと入り込んだ。


『フハハハハハ! 我、現世に再臨せり! この時を待ち侘びたぞ! 我が眷属を滅ぼし我を封印した不遜なる者共に今こそ裁きを! 積もりに積もった怨みを力に変え、空には月を、地には魔に連なる者達を甦らせ、魔の楽土を現出させてくれよう!

 さあ少女よ、人の世の終焉と魔の世の到来をそこで見届けるがよい! いざ征かん……むうっ、どうした事だ! 体が動かぬ!』


「滅びろ!」


 俺は手にした大剣を振り下ろし『魔王』の脳天に振り下ろした。

 アリスも貴族として自分の剣を持っているが、それの数倍は重い剣だ。華奢な腕には重すぎる。自在に振るう事など不可能で、何とか持ち上がる程度。

 魔法で補助すれば話は別だが、今は魔力を出来る限り温存したいから使えない。

 しかし今回はそれで問題ない。只持ち上げ、振り下ろせばいいのだから。


 魔王が憑依したのは人間ではなく土を固めて作った人形(ひとがた)

 俺が子供の頃まで()国で行われていた非常に古い(まじな)いの一つで、災いを引き受けさせ砕いて祓う。その為の物。

 人の代わりにこれに魔王を憑依させる、というのが俺の策だ。

 ()(まじな)いはこの世ならざる物に対する術。心の闇を求める魂ならば、このような(まじな)いがよく効くだろうと考えたのだ。

 尤も、他に手段を考えつかなかったから呪術に賭けるしかなかった、という事情もある。

 幸い、今の所は上手く行っている。


 この等身大の人形は俺の子供の頃の記憶、そしてアリスの素質と直感を頼りになんとか作り上げた。


 昔見た人形は赤子より小さかったが、それだと魔王が人だと勘違いするかどうか不安だったのでアリスと同じ大きさにした。

 それだけ大きいと動かせそうにない。そこでこの場に天幕を張り、その中で作り上げた。その天幕は魔王が見つけ易いように既に撤去してある。

 人形自体も単なる土の塊じゃない。タケルの記憶に従い表面には一面に呪紋を刻み込んである。

 紋を刻むのは魔力を流し込みながらの作業だったが、呪紋に力を持たせるために思った以上に大量の魔力を込める必要があった。アリスの魔力量が並外れて多くなければ期限内に作り切ることは出来なかっただろう。


 顔の部分には土仮面、俺に(のろ)いをかけた少女がつけていたのと同じ造形の物をつけた。

 あの時感じた凄まじいまでの怨念を写し取るように魔力を込めて作り上げた結果、禍々しい気配を放つ恐ろしげなものが出来上がった。


 仕上げにアリスの髪を全て植え付けた。これで人形は人間の気配を濃厚に漂わせるものになった。

 その所為で現在のアリスは禿頭だ。

 髪を剃り上げるのにはカタリーナは猛反対した。アリスの感覚でも非常に悲しむべき事だと分かる。

 俺の生前の倫理観でも宜しくない事だが、この国では恐るべき辱めとされているのだ。

 しかし、より本人に近づける為に髪の毛を使うと聞いた記憶がある。

 聞いただけで実際に使われている場面を見た訳ではないので、どの位の分量が必要なのかは不明だ。一房だけで十分という可能性もある。しかし魔王を幻惑するには不十分かも知れない。やり直しは効かないのだ。万全を期すべきだ。

 反対を押し切って全ての髪を使った。


 その結果アリスは禿頭になってしまったが、逆にそれでよかった点もある。


『ぐうぅぅ……何者だ……何処に居る……許さぬぞ……姿を見せろ……』


 魔王にはアリスが見えていない。

 大剣を持って人形のすぐ近くにいたというのに、全く気付かれなかった。

 魔の目から逃れるという魔除けの紋を体中、そして大剣全体にもアリスの血を混ぜた赤土で描いてある。それが効果を発揮しているのだ。

 頭髪がない分、頭にもきちんと描けている。


 自分の手の届かないところはカタリーナにやってもらった。


「耳にも忘れずに描かないとね」


 と妙に耳に拘りながらも喜んで描いてくれた。彼女に触れられ思わぬ余禄だと少し喜んでしまった気持ちは黄泉国(よみのくに)まで持って行こう。

 ともかく彼女も魔王の依り代になる筈だっただけあって(かんなぎ)の素質があった。お陰で力ある紋を描いてもらうことが出来た。


 こうして首尾よく魔王を憑かせた人形を頭から両断できた。魔王本人にも攻撃が効いているようだが、滅ぶ気配は未だない。切断面から漆黒の泥のようなものが滲みだし切断面を繋ぎ止めている。

 頭に埋め込んである髪の毛が辺りを探るかのように蠢いている。


 ここまでは想定通りだ。

 最初に大剣を使ったのは「通常ルート」でヒーローがそうするから。

 この剣は古語で“邪に勝つ”という意味の銘を持ち、普段は校舎のエントランスに無造作に飾られている物だ。どのヒーローのルートでもこの剣が使われる。

 まずヒーローが大剣で斬り、次にアリスが魔法で攻撃する。

 これが魔王を倒すときの攻撃の順番だ。魔法だけで十分である可能性はあるが万が一は避けたい。


 使うべき魔法は初めて知る物で、古代魔法と呼ばれる今は廃れた魔法の一つだ。

 本来の物語ではカタリーナが憑依され態度がおかしくなった後、アリスが古い文献で存在を知り習得する。

 しかしそれでは遅すぎる。

 幸い文献の在処はカタリーナが知ってきたので、早々に訓練を始める事が出来た。

 自分も使えるようになりたいと一緒に訓練を始めたカタリーナは結局間に合わなかったが、俺はその魔法をあまり苦労せずに習得出来た。アリスの魔法の才のお陰だろう。

 とは言え昼間は人形作り、日が落ちてからは深夜まで魔法の訓練という生活だったので、何日も寮のカタリーナの部屋に泊まり込む事になってしまった。無論予め俺がアリスの中にいる事を話し、カタリーナも納得した上での事だ。

 その間の授業は全て休む事になってしまったが、こればかりはやむを得えないだろう。


「レインボーレイ!!」


 魔法を発動すると、七色の光が魔王を包み込む。


『ぐぅおおおおおおお!!!』


 七色と言ってもほとんど紫、次いで黄色。他の色はごく僅かしかない。


 この魔法は、心の絆の力で魔を滅する古代魔法。

 大部分を占める紫の光はカタリーナとの絆だ。


 カタリーナには俺の事情は話してあるし、カタリーナからも生前の話を聞いている。

 生きた時代が二千年近く離れていると分かった時には驚いた。

 しかし限られた時間の中、魔王を倒すという使命に向け共に邁進したのだ。その濃密な関りの中で、絆を育むのに時代の差は関係無かった。

 その証拠にこの魔法の発動に初めて成功した時にはもう紫の光はかなり強かったし、今では益々眩しくなっている。

 人間の本質は二千年程度では然う然う(そうそう)変わる物ではない、という事だろう。

 尤も、時代が離れすぎていた所為で()国のその後が分からなかったのは残念だが。


 黄色はの光は王太子との絆。出会って僅か数日とは言え多少の交流があったお陰で光は明瞭だ。


 他のヒーロー五人とも顔見知りにはなっている。七色を揃える為、そしてカタリーナの記憶が正しい事を裏付ける為に「出会いイベント」だけはこなしたのだ。

 その分絆は弱く、残る五色の光は辛うじて細い線として見えるだけだ。


 この「心の絆で魔を滅する」というのは非常に呪術的だ。そして呪術と部分的にでも同じなら巫の素質がある女性にしか使えないだろう。

 そのような魔法は現代魔法が体系化される中で取り残され、忘れられていったらしい。

 この魔法を使うべき「魔」が迷信扱いなのも廃れた理由だろう。

 神話によると「魔」は大昔には存在していたが、夜空の月が討たれた際に滅んだ。それ以降の「魔」は人の心が生み出した幻に過ぎないとされている。

 実際にはその王は滅んでなどいなかった訳なのだが。


『……ぐぅぅぅぅ……』


 魔王が苦し気なうめき声を上げる中、光の中に見える影は段々と小さくなっていく。


 しかしここで気を抜く訳には行かない。

 俺は集中して、隙あらば暴れ出そうとする光を制御し続ける。


 ここで、絆の力が不十分だったり魔法の練度が低すぎたりすると魔王を倒しきれない。

 その場合、本来の流れではヒーローが大剣で止めを刺す。しかし魔王に道連れにされてヒーローも死ぬ。つまり、そうなってしまうと例え上手く大剣で魔王を斬れたとしてもアリスが死んでしまう。

 何としてもこの魔法で倒し切る必要がある。


『……おのれ…口惜し、や……』


 やがて光は収束し、一本の紫色の柱となって空に立ち上り、そして消えた。

 後には人形どころか塵一つ残っていない。何の気配もしない。

 本来なら人形を粉々にして川に流すのが作法だが、それは無理そうだ。必要も無いだろう。

 魔王は人形諸共消滅したのだ。

 ストーリー的には、存在していないはずの「カタリーナルート」を攻略した事になるのだろうか。


 これでカタリーナとアリスにとっての最大の問題が解決した。

 これでもうやり残した事はない。


 そして人形と共に、別の物もまた消え去ったのが感覚的に分かった。


「やった!? やったのね!」


 光の柱を見たのだろう、遠くで待機していたカタリーナが駆け寄ってくる。

 カタリーナも戦闘に参加したがっていたが、憑依される運命だった彼女が近くにいるのは危険かもしれない。魔除けの紋を描く為に彼女の髪まで剃る訳には行かないのだ。

 幸か不幸か彼女はレインボーレイを習得できなかったので、それを理由に離れた場所で待機してらっていた。

 そして気休めかも知れないが、倭では破魔の力があるとされていた丸い銅鏡を首から下げてもらっている。


 カタリーナは俺の所まで来ると、そのまま抱き着いてきた。

 肩の後ろに回された両腕で勢い良く引き寄せられ、俺の顔にカタリーナの胸の前に下げられた銅鏡が当たる。頭上に感じる柔らかい物は彼女の頬だろう。

 小柄なアリスに比べカタリーナはかなり背が高いのだ。傍から見れば母が娘を抱きしめるかのような光景だろうが、鏡を挟んでとは言え俺には少々刺激が強い。


 正直言って嬉しくもあるが、ここで新たな未練を生み出すわけにはいかない。

 俺は抱き返したい気持ちを堪え、断腸の思いで言った。


「離してくれ。男に抱き着くとは慎みが足りないぞ」

「体は女の子なんだからいいじゃない」


 カタリーナはますます力を込めて抱きしめてくる。

 こうなると非力なアリスの腕力ではどうにもならない。

 俺はもう一度言った。


「離すんだ……別れの時だ」

「えっ?」


 やっとカタリーナが離れた。それでいい。


「俺とアリスを繋いでいた楔のようなものが消えた。あの人形と共に。俺にかかっていた呪いが一緒に浄化されたのだろう」

「それじゃあ……」


「ああ、漸くこの体をアリスに返せる。人生を返してやれる」

「それは……おめでとう、と言えばいいのかしら」

「ああ、喜んでくれ。それから本物のアリスを宜しく頼む。養女になった後の記憶が無いだろうから、助けてやってくれ」


 以前は俺が暫く付いていなければと考えていたが、今はカタリーナが居る。彼女に任せておけば安心だろう。

 それにこれ以上カタリーナと一緒に居たら、アリスの体を奪い取るという誘惑に負けてしまうかもしれない。


「それは約束するわ……ねえ、もう少し一緒に居られないの?」

「言っただろう、長く居座ったら心残りが強くなる。早い方が良いんだ」

「そうね、詰まらないことを聞いてごめんなさい」

「では、そろそろ行くよ」

「お元気で、というのはちょっと変かしらね」

「何でもいいさ。そっちも元気でいてくれ。じゃあな」


 こうして俺はアリスの体を離れた。


あと少しだけ続きます。

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