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魔法学園

 アリスがボーデ家の養女になり、俺が憑依してしまったのが冬の終わりの事。

 それから春、夏と二つの季節が過ぎ、秋の訪れと共にアリスは魔法学園に入学することになった。


 魔法学園は全寮制の教育機関で、貴族の子女は須らく入学する。

 そして三年かけて魔法を含む規定の学問を修めることになる。

 それを為して初めて一人前の貴族と認められるのだ。アリスの人生にとっては非常に重要な時期だ。

 入学者の年齢は大抵十二、三歳だが、厳密な規定は無い。その為養家は一年遅らせ十四歳で入学させる事も考えていたのだが、俺の様子を見て今年でも問題ないと判断したそうだ。




 俺は依然として憑依したままだ。

 残念ながらこちらの魔法は(まじな)いとは完全に異なるものだった。こちらの字が漢字とは異なり音しか示さないのと同様に、思想の根底が違う。学べば学ぶほど違いが分かってきた。

 ()(まじな)いが心やこの世ならざる物に働きかけるのに対し、魔法はこの世の物に働きかける。

 特に貴族が学ぶべき魔法は攻撃魔法と防護魔法が主。習ったのは火の玉を放つとかそれを跳ね返すとか、そう言った物ばかりだった。

 魔法と呪術ではよって立つ(ことわり)が異なるようで、魔力操作以外の魔法学習が呪術を理解する助けになる事も無かった。


 マーゴット王国には憑依や神降ろしは無いのだろうか。

 残念ながらボーデ家の蔵書にはそれらに関するものは無かった。

 そういう話は迷信として扱われているらしく、そもそも収蔵しようと考える者が居なかったようだ。


 しかし学園には王国一と言われる大図書館がある。

 そして学生なら大部分の書物を閲覧できるらしい。

 そこでなら必ずや必要な書物が見付かるだろう。そうなれば憑依を終わらせされる日も遠くはないはず。


 だがここで考えなければならない事がある。

 それは「タケル」が去った後の「アリス」だ。ここで俺がいきなり去ってしまうとアリスは困ったことになるだろう。

 なにしろ学園では日々多くの人と貴族令嬢として接することになる。養女になった日以降の記憶が無い状態のアリスでは対処しきれまい。


 だから方針を変えざるを得ない。

 単に憑依を終わらせるだけ、日記を渡すだけでは不十分だ。暫くアリスを補助する必要がある。

 俺が憑いたままの状態で眠っている「アリス」を目覚めさせる事が出来れば、それが一番だろう。

 そのような事が可能かどうかは分からない。しかしそうしなければ「アリス」が困った羽目に陥るのだからやるしかない。


 何にせよまずは大図書館で情報収集だ。




 学園では、生徒は全員制服を着用する。男女でズボンかスカートかの差があるものの、揃いの服だ。

 入学初日。真新しい制服に袖を通した同世代の子供達が男女合わせて約三十人、一つの教室に集められた。今後はこの学級単位で教育を受けることになる。

 銘々に椅子と小さな机が与えられており、そこに着席する。見回すと服装が統一されている為まるで軍か何かのようだ。


 この日は顔合わせと説明だけだった。つまり夜まで時間はたっぷりある。情報収集に時間が取れるということだ。

 無論級友たちと親睦を深めることも必要だがそれは「アリス」が目覚めてから自身でやるべきだろう。


 しかし美豆良(みずら)の所為でかなり目立ってしまったようだ。何人もの級友に話しかけられた。

 そうなるとどうしようもない。交流しないと礼を失してしまう。

 俺は大図書館へと向かう前に、アリスを演じながら彼ら彼女らとの時間を過ごす事になった。







 頃合いを見て級友との交流を切り上げると、俺は大図書館に向かった。

 そこは教室がある建物から離れた場所にあり、少し歩く必要がある。


案内板を頼りに建物沿いを移動する。そして角を曲がって図書館の入り口が見えた所で男性の話声が聞こえてきた。


「…そもそも今回の件は旧態依然とした徴税方法が悪い。農村からの租税が穀物なのがいけないのだ。物納された穀物は常に鼠害(そがい)に遭う危険がある。理の当然だ。

 オレが王位を継いだ(あかつき)にはまず税制改革をしようと思う。

 租税は全て金納とする。硬貨は穀物に比べ軽く小さい。カビたり腐ったりもしない。だから輸送に掛かる労力も少なく保管も段違いに容易だ。無論鼠に喰われることもない。良い事ずくめだ」

「流石は王太子殿下。素晴らしい見識でございます」

「既に国庫に納められている穀物も全て硬貨に換えてしまおう。どの道臣下への給与は金貨銀貨で支払っているのだ。最初から硬貨で備蓄しておく方が理に適っている」

「その通りでございます」

「為すべきことは多い。やり方を変える事への抵抗もあるだろう。その時はオレの右腕として働いてくれるか」

「勿論です殿下。光栄に存じます」


 見ると男が二人、図書館前広場に置かれたテーブルでお茶を飲みながら話している。制服を着ているから学生だろう。

 聞いていた特徴から考えて金髪碧眼の方が王太子ヴァルラムだ。もう一人の銀髪赤目は多分側近であるシュヴァルバッハ伯爵家の嫡男オットーだろう。どちらも一学年上の二年生のはず。

 アリスの感覚では二人とも美男子らしい。少し細すぎると思うのだが。


 話題はあれだな、最近起こったという、国庫の一つが鼠に食い荒らされてしまった件だ。かなりの損害が出たと聞いている。


 国庫といっても王家の持ち物ではない。マーゴット王国では王家と国は明確に区別されている。国を運営するための貨財が収められているのが国庫だ。

 諸侯は勿論王家も領地からの税収の一定部分を国庫に納める事になっている。

 そして集められた貨財が国全体の経営に使われるという仕組みだ。


 税は殆どが穀物だ。

 穀物ならばそのまま国庫に納める規則なので穀倉が国庫の内の大きな部分を占めている。

 当然鼠の害に遭うこともあるだろう。


 しかしヴァルラムの意見は短慮に過ぎる。

 そもそも備蓄した穀物は国を安定させる要だ。それを知らず、鼠の害を無くす為に備蓄を無くすなど無茶苦茶だ。

 本人が至って真剣なのが却って(あや)うい。

 俺の父のように学んだ外国の制度を無批判に取り入れるのも問題だが、よく調べもせず思い込みだけで現状を変えるのも亡国の道だ。

 更に言えば側近のオットーも問題だ。余りにも見識が不足している。

 それとも王太子に(おもね)っているだけなのだろうか。それはそれで問題だ。忠臣ではあるのかもしれないが主に諫言出来ない様では良臣とは言えない。


 さて、どうするべきか。


 当面の平穏を求めるなら聞かなかった事にして通り過ぎればよい。耳に痛い事を言えば不興を買う恐れがあるが関わり合いにならなければ何も起こらない。


 しかしアリスはヴァルラムが即位した後もこの国で生き続けるのだ。このまま捨て置くと後にアリスや養家を始め多くの人々に苦難が訪れるかも知れない。

 ヴァルラムに十分な学びの時間があればまた別だろう。しかし悪い事に国王は病が(あつ)いらしい。それはヴァルラムが近々即位してしまう恐れがあると言う事、そして穀物を売り払ってしまうかもしれないと言う事だ。


 考えた結果、俺はこの場で諫めることにした。


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