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⑧クロード

 帝国の辺境の辺境……一応、バンテル帝国領内と言うべきような貧村。そんな、バンテル帝国に義理立てする必要もないような村で十二年前、一人の魔法の天才が生まれた。クロードだ。

 人の魔法属性適正、魔力量は生まれながらに決まっており、成長や訓練するとともに増えていくようなものではない。そして、そのどちらもがクロードはずば抜けていた。一属性でも千人に一人というような魔法適性を二属性も持ち、軽く上級魔法を十発は連続で詠唱、発動できる魔力量。そんな並外れた力をクロードは持っていた。いや、持ってしまった。


 それが判明した当初、クロードの両親はそれを隠そうとした。もし皇帝に伝われば、間違いなくクロードは、生まれてきたばかりの自分たちの息子は軍に取られてしまう。それを危惧したからだ。


 そしてそれから数年の間は、帝国の目を掻い潜ることに成功していたのだった。


 しかしクロードが五歳になって間もなくのことだった。どこから秘密が漏れたのか、クロードの力のことが皇帝にバレてしまう。そして皇帝の対応は迅速だった。


 帝国始まって以来の稀代の天才の誕生に気が付いた皇帝は、村に大規模な軍隊を送り込む。そして、クロードの身柄を確保したのだった。


 訳も分からず王都へと連れていかれるクロード。そして、そこで知らされたのは、両親の死刑が決定したという話だった。罪状は、生まれたばかりの赤子の魔法属性適正を国に報告しなければならないという法律に背いたこと。


 実力至上主義を掲げる、軍事国家であるバンテル帝国にはそんな法律があった。ただ今までは、クロードが住んでいたような辺境の村にまではいちいちそんなことを強制してこなかった帝国。今回だけ、それを口実に刑を実行しようなどと卑怯なことこの上ない。


 しかし、幼いクロードはそんなことには気が回らない。いや、たとえ大人であっても面と向かって国を糾弾することはできなかったろう。少しでもそんなことをすれば即、闇に葬られる。それほど、バンテル帝国において皇帝の権力は強く、絶対的だったからだ。


 そんな恐怖の象徴ともいえる皇帝はクロードに、両親を助けられる条件を提示する。そして両親を助けたい一心のクロードは、よく理解できないまま、必死に首を縦に振った。


 そしてクロードは若干5歳にして軍人になった。皇帝が出した条件とは、クロードがバンテル帝国の軍門に下ることだったのだ。


 そして、そこでクロードの専属世話係として任命されたのがセバスタンだった。


 稀代の天才の指導役に任命されたセバスタンが責任感に燃えたのも不思議はないことだ。べつにそれは悪いことではない。ただ、その思いが問題だった。


 生粋の軍人だったセバスタンには当時、「帝国のために」という思いしかなかった。今では悔やんでも悔やみきれないが、「クロードのために」や「クロードに配慮して」という思いが著しく欠如していたのだった。簡単に言えば、セバスタンはまったくクロードのことを見ていなかった。


 幼い子供には厳しすぎる鍛錬を毎日のように課すセバスタン。すべては帝国のために、引いては皇帝のために。

 クロードが泣こうが喚こうが、鍛錬を中止することはなかった。


 その一方でクロードはと言えば、そんなセバスタンの訓練に、必死に食らいついていた。その胸中を占める思いはただ一つ。


「両親のために」

「自分が怠ければ両親がひどい目にあわされる」


 ただそう思い、クロードは日々の訓練を歯を食いしばりながら耐えていた。


 だが、そんな日々が続けば幼いクロードの心が死ぬのは時間の問題だった。

 事実、日がたつにつれてだんだんとクロードは笑わなくなっていき、そして感情を表に出さなくなっていった。


 もしもクロードにそんな日々を愚痴れる、相談できる、傍で支えてくれる友達がいればなにかが変わっていたのかもしれない。

 だが、バンテル帝国の軍にクロードと年の近いものがいるはずもなく、大人たちはクロードを遠巻きに眺めるだけ。唯一接点のあるセバスタンはクロードの様子がだんだんとおかしくなっていくのに気が付かない。


 もちろん両親に会わせてももらえず、ただ重圧に耐えるばかりのクロードは孤立していくのだった。


 そしていつ頃からだろうか。クロードが人を馬鹿にしたような態度をとるようになったのは。


 ただひたすら強さと結果ばかりを求められる環境の中で、いつしかクロードは周りに心を閉ざし、その心をメッキで覆い隠してしまった。


 そこまで来て、ようやくクロードの様子のおかしさと、自分のこれまでの行いの過ちに気が付いたセバスタン。しかし、それはあまりにも遅すぎて、もはやセバスタンにはクロードのことをどうにかしてあげることはできなかったのだった。


 ただひたすら周囲の者よりも優位に立とうと自分の力を誇示し、戦場で多くの武功を立てたクロードは齢十歳にして帝国最強の一角、五大将軍の座まで上り詰めた。


 だがセバスタンの目には、そんなクロードの様子はただ自分を認めてもらいたい。自分の思いに気が付いて欲しい。そう思う子供がガムシャラに突き進む姿にしか映らなかった。そしてクロードの方はといえば、五大将軍にまで上り詰めてもなお周りに馴染むことができず、どんどん性格を歪めていくのだった。


 ~~~~~~~~~~~~~~~


「ボスッ」という音と共にベッドへ倒れ込むケン。

 なにかいろいろと疲れた。身体的にではなく、精神的に。

 セバスタンからクロードの生い立ちや暮らしぶりを聞かされたケンは、その後すぐに自分の部屋へと引き返したのだった。

 頭に被っていた、龍の描かれた青い帽子を脱ぐケン。そのままそれを部屋の隅に纏められた自分の荷物のほうへと放り投げる。


 俯せのまま先ほどの話を思い返すケン。セバスタンが最後に言った言葉が頭から離れない。クロードの昔話が終わった後、ケンはなぜ自分にそんなことを話すのかとセバスタンに尋ねた。それに対してセバスタンはこう答えたのだった。


「さあ、なぜでしょうか。わたくしにもよくわかりません。ただケン様に、クロード様の過去を知ってもらわなければならない……そう思ったからとしか答えようがありません。ただ、そうですね……あえて理由付けをするならば、ケン様にクロード様と同じ空気を感じたからでしょうか。私たちでは理解できないような、同じような“何か”を背負い込んでいる……そんな気がしたのでございます」


 それだけ言い、黙り込むセバスタン。もうこれ以上は何も言いそうになかったので、そのまま席を立ち、ケンはセバスタンに背を向けたのだった。


 ベッドに倒れ込んだ状態のまま、苦い顔をするケン。何かに対して、というわけではない。ただなんとなく、気持ちが晴れない……そんな感じだ。


 ただその理由に、ケンは心当たりがあった。それは、クロードの過去があまりにも自分の過去に似ているということだ。

 クロードは、周りから腫れ物のように扱われる孤独感に苛まれ、そしてそれに飲み込まれていった。


 きっとあのような性格になったのは、だんだんと死んでいく自分の心を守るための防衛本能のよるもの……ケンにはそれが理解できた。


 なぜならケンも似た境遇を経験してきたから。


 ケンは5歳までは母と暮らしていた。しかしその母が亡くなってからは叔母の家に引き取られ、父が迎えに来るまでそこで奴隷のような日々を過ごしていた。


 周囲から疎まれ、蔑まれ、石を投げつけられる日々。

 クロードの境遇とは少し違うけれど、しかしそこにある苦しみは根本的には変わらない。


 それはまるで、轟々と吹き荒れる吹雪の中を当てもなく彷徨うに等しい。一切の光もなく、ただ冷たい風と氷に打たれながら行き先も分からず突き進む。そんな日々を続けていればいつしか心は壊れてしまう。

 ケンには傷ついた心を支えてくれる父が、そして仲間がいた。一方、クロードには傍で支えてくれる人はおらず、代わりに本当の自分をメッキで覆い隠し、周りに心を閉ざして自分の心を守った。


 ケンには、そこにさほど大きな差があったとは思えなかった。一歩でも踏み違えていたら、きっと自分もクロードのようになっていた。そう思えてならない。

 だからケンにはクロードの話がとても他人事のようには思えなかった。

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