⑦ジャンカ王国
「ジャンカ王国は半径二百メートルからなる巨大オアシスと王宮を中心に、直径五十キロからなる円形の国でございます。国としてはそこまで大きくはありませんが、交易の中継国家、観光都市として大層繁栄した国で御座います。争いを好まない性分で、世界にいくつかある中立国家の一つとしても知られています」
そんな風にジャンカ王国の説明をしているのは、もちろん執事っぽい軍人、セバスタン。その後ろには相変わらず険悪ムードのケンとクロード、それに三人の騎士たち。
ちなみに三騎士の名前は、一番身長が高いのがバン、ぽっちゃりしているのがビン、少し頭の悪そうなのがブン。
三兄弟なのかと尋ねると、完璧にそろった動きで首を横に振る三人。「この世界には不思議なことがあるもんだ」と、なにか悟りを開きそうなケンだったりする。いや、邪魔さえ入らなければそのまま悟りの境地に至っただろう。その邪魔というのはもちろん……
「おまえら犬っころと違って、人間はそんな何人も子供産んだりしねぇんだよ」
「んだとクロード!!!!」
別に三人くらいなら普通だと思うのだが……とにかくケンが気に入らないのか、なんでもかんでも食って掛かるクロード。そしてまたケンカが始まろうか……というところでセバスタンの声がかかる
「皆様、着きましたよ。ここがジャンカ王国最大の商店街、デリバート通りでございます」
そう言われてクロードから視線を外して前を見ると、そこには人で大いににぎわった、煌びやかな商店街がずっと向こうまで続いているのが見えた。あちこちから漂ってくる食べ物の匂いにテンションが上がるケン。頭の上でサラも飛び跳ねて嬉しそうだ。ジャンカ王国に着いた翌日の昼、ケンたちはせっかくなので、ということで観光をすることにしたのだった。
商店街の中へと踏み込んでいく一行。周りを見渡せば、さすが観光都市といったところか、ありとあらゆる店が立ち並んでいて、どこに入ろうかと悩んでしまう。龍の描かれた、赤い看板を掲げる料理屋の前では、際どいチャイナ服を着た女の子が客を呼ぼうと必死に声を張り上げ、少し向こうにはメイド喫茶らしきものまである。
生まれてこの方、こんな華やかな通りを見たことがなかったケンはすっかり舞い上がってしまいキョロキョロと忙しなく辺りを見渡す。
「バカ丸出しだな……」
そんなケンの様子を見てボソッとつぶやくクロード。
バッ! と振り返るケン。
するとそこには、「バンテル帝国の将軍の一人としてあーだこーだ」と口うるさくクロードを叱るセバスタンの姿。クロードの脳天にチョップを食らわせている。それを見てグッと、口から出かかった言葉を飲み込むケン。
そうして叱られるクロードを見ながらニヤニヤしていると、野太い声がケンに呼びかける。バンだ。
「とりあえず、ケンはその格好をどうにかしないとな」
そう言われ、バンが指をさす方を見ると、ショーウィンドウに煌びやかな服を纏ったマネキンが飾られた店が目に入る。続いてスッと視線を下に落として自分の格好を確認すると、目に入るのは、それはもうだぼだぼの、白い服と黒いズボンに草履という自分の姿。
手はすべて袖に隠れてしまい、それでもなお余る始末。ズボンなど裾が地面を擦っている。流石に最初ケンが身に着けていた、魔物の血やらなんやらで汚れた服をそのままにしておくわけにはいかず、セバスタンに服を借りていたのだが……当然サイズは合わなかった。
自分の姿のみすぼらしさを確認したケンは、顔を上げると無言で大きく頷く。
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「で…………なんでこうなったんだよぉぉぉ!!!!!!!」
煌びやかな店内にケンの声が響き渡る。それはなぜかというと……お約束と言えばお約束なのだが……試着室のカーテンを開けたそこには、黄色い花柄のワンピースを着たケンの姿。もちろん頭の上にはサラが乗っているのだが……色がルビーのように鮮やかなので、少し離れたところから見るとただの飾りに見える。というか、むしろ真白なケンの髪と鮮やかな赤の対比が実によく映えている。
「ぎゃはははは! よく似合ってるじゃねえか、犬っころ! その格好で奴隷市場に行けばかなりの値で売れそうだぜ!」
「こらこら、クロード様。そんなことを言っては失礼ですぞ……プフッ……」
「ううう……セバスタンまで……て、そこ三人!!! 次は絶対着ないからな! まともなのを選んでくれよ!」
爆笑しながらケンをバカにするクロードと、そんなクロードを嗜めるセバスタン。しかしセバスタンも笑いを押し殺すのに必死だ。その後ろでは、主犯の三人組が笑いながら次はケンにどの服を着せるか相談中。そんな彼らに文句を言うケン。と、笑い止んだクロードが口を開く。
「そうは言っても犬。おまえは俺ほどじゃないにしてもかなりの美少年だからな、そういう服ホントよく似合うぜ」
さらりと自分のことを美少年とか言っちゃうクロード君。しかし、そのケンに対して言っていることは本気なようで、いままで通りの小ばかにした態度でも、いままでとは少し様子が違うような気がする。
そう、それはまるで仲のいい友人と絡んでいるかのような……
そこまで考えて「こいつに限ってそれはありえない」とそんな考えを振り払うように頭を振るケン。
と、そこで再び三人組が声を掛けてくる。
「つぎはこれ着てみてくれ! ケンちゃん!」
笑いを隠そうともせずに、先頭のバンがフリフリのついたピンクのワンピースを渡してくる。
「いやだから着ないから! おまえらにとってはこれがまともな服なのか!? ってやめろテメェら! おい! 聞けよ! …………ぎゃああああああああああ!!!!!!」
抵抗虚しく、無理やり着替えさせられるケンの悲鳴が店内に響き渡る。
「はあぁ~~~……疲れた……」
結局その後、ありとあらゆるかわいい服を着させられたケンが深々とため息を吐く。げっそりとするケンに対して、クロードとバカ騎士三人組は実に満足そうだ。そんな五人の様子を微笑ましそうに後ろから眺めるセバスタンが、ケンに声を掛ける。
「まあ満足のいく買い物もできたんですし、良しとしときませんか?」
「まあ、そっすね。服を買ってもらった手前、強くも言えませんし……」
渋々そう答えるケン。
いまケンはセバスタンに買ってもらった、紫と白のチェック柄、胸元にポケットのあるTシャツに、動きやすい生地でできたジーンズを履いていた。靴は普通の黒いスニーカー。そして頭には、正面に白い龍の描かれた青いキャップ帽子。これはケンの犬耳を隠すためのものだ。
やはり犬耳を晒したまま街中を歩くと周りから視線を集めてしまうので、仕方なくだ。ちなみにサラは現在、ケンの胸元のポケットでお休み中。
「それとこちらを……」
「紙袋? なにが入ってんだ?」
「最初に着られた、黄色の花柄ワンピースでございます」
「いや、いらねぇよ! なんで買ったの!?」
「こちらはクロード様が買われたものです。ぜひケン様にと」
「なんの嫌がらせかな? かな?」
ひそひそと真顔でそんなことを宣うセバスタンに、引き攣った笑みを浮かべるケン。いまにも暴れだしそうだ。
「わたくしめも止めはしたのですが……あまり強くは言えず……」
「?」
そこでちらりと、神妙な顔でクロードの方を見るセバスタン。ケンは首を傾げながら、話の続きを促す。しかしそこで、
「セバスタン。余計なことは言わなくていい」
「かしこまりました」
「いやこっちのが言いたいことあるんだけどね?」
クロードが冷ややかに口をはさんでくる。その言葉に頭を下げて了承するセバスタンとツッコミを入れるケン。
それからは、食べ歩きしたりケンカしたり、ジャンカ王国の伝統的な踊りを見たりケンカしたり、と楽しい時間を過ごすケンたち。
そんなこんなで、宿へ戻ったのはそろそろ日が沈もうかというころだった。
自分の割り当てられた部屋へ戻ると、どっと疲れがきたケン。ベッドに寝転がると、泥のように眠りに落ちるのであった。
「コンコンッ」
ドアのノックされる音で眠りから覚めるケン。
「ケン様。夕食の時間でございます」
「はーい……」
扉の向こうからセバスタンの声が聞こえる。目をこすりながらベッドから起き上がる。
そして扉を開けるとそこには、なんと執事のようにキッチリとした黒い服を着こみ、ネクタイをしたセバスタンの姿。一瞬で眠気が吹き飛ぶケン。
「どうしたんですか、その格好!?まさかセバスタンまで悪戯されたんですか!?」
驚愕に目をぱちくりさせながら、そんな阿呆なことを言い出す。しかしセバスタンはそんなケンの様子に声を上げて笑うと、首を横に振った。
「わはは! 面白いことを仰られる。けれど残念ながらそれはハズレでございます。わたくしは騎士であるとともに、クロード様のお世話係、執事でもあるのです」
「そ……そうだったんですか……」
「クロード様が幼い頃より身の回りのことから戦闘訓練まで、ありとあらゆることをしてまいりました」
「はあ、そうですか」といった様子で相槌を打つケンに、胸を張るセバスタン。どこか自慢げだ。
そんな意外な一面を見せたセバスタンに、ケンは目を白黒させながら困惑するばかり。そんなケンの様子を見ながら、セバスタンはニコニコと愛想よく声を掛ける。
「そろそろ行きましょうか。すでに皆様はお揃いですよ」
ケンたちが泊まっていたのは、二階三階が客室になっていて、一階に食堂や温泉などがある高級宿だった。
セバスタンに呼ばれたケンは、そのままセバスタンの後ろについて一階への階段を下る。もちろん帽子を被ってだ。
そして案内された席に着くと、そこには既に三バカ騎士とクロードが座っていた。目の前のテーブルの上には豪勢な料理がたくさん。
「遅いぞ駄犬。せっかくの料理が冷めてしまうだろう」
「む……わるかったな」
ケンが席につくとすぐに文句を言ってくるクロード。ケンの方もイラっとするものの、待たせてしまったことは事実なので素直に謝る。
そしてセバスタンも席に着くと、食べ始める面々。見た目や態度に反して意外と律儀だ。
自分も食べ始めようと、スプーンを持ち。目の前の料理を口に運ぶ。そして……絶叫。
「なんだこれ!? めっちゃうめぇ!!!」
黄色い細長いご飯に、茶色いスープのような液体がかけられた料理。スパイシーな香りを放ち、口へ入れると濃厚でコクのあるピリッとした味が口全体に広がる。あまりの美味しさにガツガツとかき込むように口へ入れるケン。
「それはカレーっていうんだぜ。そんなのも知らないのか?」
「ジャンカ王国の伝統料理の一つで、ピリッとした辛さが特徴の料理ですね。起源は何百年も前になりますがとある旅団がry……」
クロードが相変わらずバカにした感じでそう答え、セバスタンが補足説明……というには大分と長すぎる説明をツラツラとするが、ケンはあまり聞いていない。
手に持つ皿を食べ終わると、また新たな皿に手を伸ばし、そしてまたその料理の美味さに驚くということを繰り返す。この間にサラもキッチリと料理を食べ、ケン同様に美味しさに目を輝かせていたりする。
そんな調子で賑やかに進む食卓。
そしていよいよ完食かというころ、それは起きた。
皿の上の、最後の一つのクロワッサンへと手を伸ばすケン。と、同時に横から手が伸びてきて、ケンと同時にそのクロワッサンを掴む。
ケンがスッと視線を上げると、同じく顔を上げたクロードと目がカチ合う。
「おれの方が早かった。だから俺のもの」
「いーや、お前の目は節穴か?おれの指が先に触れたろうが」
言いあうクロードとケン。互いに一歩も譲らない。
「節穴はお前の目だろうが、獣野郎! 人間様に歯向かってんじゃねーよ!」
「それは関係ないだろうが! どっちがさきに取ったかだろ! 話をすり替えんな! 雑草みたいな頭しやがって!」
「んだと!? ならおまえはもやし野郎だ! やーいやーい、もやし獣人野郎ぉ~!」
ガッ!と額を合わせた二人の間を飛び交う暴言の嵐。
それを見ていられず、周りにも迷惑だと思ったセバスタンが口を挟もうとしたその瞬間だった。
「お二人とm……」
「「あ!!!!!」」
取っ組み合っていた二人の手からクロワッサンが零れ落ちる。それを時が止まったように、互いの頬を引っ張り合った状態で固まりながら眺める二人。
スローモーションのように落ちていくクロワッサン。そしてそのままポトリと床の上へ。
静まり返る一同。床の上のクロワッサンを黙ったまま見つめる。
一番最初に動いたのはクロードだった。
「クソ犬! お前のせいだからな!」
「いーや、お前のせいだね!」
再び一触即発ムード。それを見て、慌ててセバスタンが仲裁に動く。
「ま、まあ落ちたものは仕方ないですし、新しく貰いましょう。店員に言えばどうにかなるはずです。クロワッサン二つでよろしいですね?」
「いや、もういらねぇ……もらう必要もねえよ……落ちたやつはてめぇが食えよ! キチガイ犬! 獣人のてめぇにはお似合いだ!!!」
場を取りなそうとするセバスタンに首を横に振って答えると、クロードはケンに向き直り、叫ぶようにそう言い放った。
「おまえいい加減にしろよ!!!!!」
クロードの胸倉を掴み怒鳴りつけるケン。
「なんだこの手は? ……放せやクソ野郎! 事実を言われて逆切れするなんて、これだから獣人は……」
「獣人だから何だってんだ!!!!?」
言い返すクロードの言葉を遮り、怒鳴るケン。あまりの剣幕にクロードは思わず黙り込む。そんなクロードを睨みながらケンは喋り続ける。
「クロード、おまえは一体何様のつもりだ?神にでもなったつもりか?なぜ獣人をそこまで蔑む?獣人が一体お前に何をした?」
そこでいったん言葉を切ると、クロードをじっと見つめるケン。だがクロードは下を見て視線を合わせようとしない。
「ただ理由もなく、周りに同調して獣人を蔑んでいるだけなら、それはただ周りに流され、踊らされているだけだ! ただの操り人形と変わらない。そこにおまえの意思はない! もっと周りをよく見ろよ! お前の国には、お前と同じように軍に所属する獣人がいるんだろ!? そいつらがどう暮らしているのか、どんな風に笑い、話すのか、おまえは知っているのか? 知らないなら教えてやるよ! おまえとほとんど変わらないんだ! 悲しければ泣くし、楽しければ笑う。家族だっている。おまえたち人間と変わらない! そんな獣人たちを、おまえは姿形が違うから、周りがそう言うからって理由だけで蔑み、罵るのか!? なあ!? 答えろよクロード!」
そこまで言ってもまだクロードは動かない。だが、一筋の涙がクロードの頬を伝う。
「泣けばどうにかなるとでも思っているのか? そんなわけないだろ! それでどうにかなるなら、俺たち獣人がこんなに苦しい思いをすることはなかった! なあ!? それとも、ただ力があるからって理由だけで幼いころから持て囃され、チヤホヤされてきたお坊ちゃんにはそんなこと理解できないか!?」
ケンはそう言うと、クロードを掴んでいた手を放し、突き放す。「ドン」と音を立てながら床に倒れ込むクロード。それを見るケンの表情はとても冷ややかで、背後に吹雪が吹いている錯覚すら覚える。
そんな凍てつく表情のまま再び話し出そうと口を開きかけるケン。しかし今度はクロードの叫び声がそれを制する。
「てめえに……てめぇなんかに俺の何が分かるってんだ!」
キッとケンを睨みながらそう叫ぶクロード。そしてそのままケンのほうに手をかざすと、
「ファイアボール!」
魔法を放ち、そのまま宿を飛び出していってしまう。
「「「クロード様!!!?」」」
慌てるバンたち三バカ。しかしその声は、ケンにぶつかり炸裂したファイアボールの轟音に掻き消されてしまう。慌ててクロードの後を追おうとする三バカだったが、ハッとしたように振り返るとまずはケンの安否を確認しようとする。
「ケン! 大丈夫か!?」
そう言って心配そうに黒い煙を眺める三人。
そしてしばらくして晴れた煙の向こうには、
虹色の障壁に守られ、無傷のケンの姿。
「!? 大丈夫なのか?」
そう尋ねてくる三人組に、ヒラヒラと手を振ってみせて無事を知らせるケン。そして首だけを回して横を見ると、椅子に座ったまま落ち着いた様子を見せるセバスタンに質問をする。
「追わなくていいのか?」
「クロード様のことですし大丈夫でしょう」
そう答えたセバスタンに、三バカが驚いた表情を浮かべる。しかしセバスタンの言葉には続きがあった。
「それよりも、ケン様にはお話ししなければいけないことがございます」
「なんだ?」
「クロード様について……でございます」
いつのまに、どこから出したのか、食後の紅茶を啜りながらセバスタンはのんびりとそう言った。
「どういうことだ?あいつの話なんか聞きたくもないんだが……」
「まあそう言わず、こちらへお座りください」
ムッとしたようにそう尋ねるケンに、手で示しながら席を勧めるセバスタン。紅茶をいれることも忘れない。抜け目ない執事だ……軍人だけど。
「ケン様が仰ることは御もっともです。実際クロード様が獣人を恨むような理由はなく、ただ周囲の言うことに流されているだけでしょう」
「なら……」
「しかし、」
ケンの言葉を遮り言葉を続けるセバスタン。他の三人も聞き入っている。
「しかし、クロード様があんな性格に育ってしまわれたのは、わたくしめの責任でもあるのです」
「どういうことですか?」
「長い話になりますが、聞きますか?」
そう言ってじっとケンの目を見つめるセバスタン。その目に一切の濁りはなく、澄んだ、温かい光を湛えた目がケンを見つめる。その目を見てケンは頭をガリガリと掻くと、ため息を吐き、
「ここまできたら最後まで聴きますよ」
仕方ないと了承する。
それを聞き、にこりと微笑みを見せたセバスタン。ケンに礼を言うと、クロードについて話し始めるのだった。