④復讐と竜の力と魔法と暴発
地平線に太陽が顔を出す頃。
砂浜でケンは座り込みながら、ボーっと海を眺めていた。その目はうつろで生気がほとんど感じられない。そして手には父の形見である鞘に納められた黒い刀『龍想牙』。
彼の脳裏に焼き付くのはもちろん昨夜の出来事。苦楽を共にしてきた仲間たち、そして大好きだった父を一夜にして失った。煌めく水面とは裏腹にケンは暗澹たる思いである。
「キュイ」
「……サラ」
そんなケンに可愛らしく頬ずりをするサラ。その愛くるしい姿に少しだけケンの目に光が戻る。
そこでふとケンは疑問に感じた。昨夜、船員、父、そして自分の身に何が起きたのだろうか?
……いや、答えは明白だろう。毒を盛られたのだ。
ならだれが毒を盛ったのか?
そこでケンの脳裏に浮かび上がるのは優しく微笑む青い髪の青年。父がだれよりも信頼していた副船長 コルトだ。
「ありえない……」
ゆっくりと首を振って自身の考えを打ち消す。信じられない。いや、信じたくなかった。あのしっかり者で優しいコルトが父たちを殺したなどと。
しかし昨夜、ケンが口にしたのはコルトから渡されたミルクのみ。それに甲板で倒れていた船員たちの中にコルトの姿はなかった。やはりコルトが……
……思考を巡らすケン。しかしいくら考えても答えは出ない。しかし確かなことが一つ。それは船員たちの誰かが父たちを殺したということ。
メラメラと黒い炎がケンの心に燃え広がる。大好きな父、仲間を殺したやつを野放しにはしておけない。なんとしてでも探し出して自分の手で……
そこで父が最後に残した言葉を思い出すケン。
「真実を知りたければ魔女に会いに行け……か」
魔女……魔女……魔女……
「魔女ってなんだ?」
「キュイ?」
首を傾げるケンとサラ。彼らは魔女という存在を知らなかった。いや、どこかで聞いた覚えはあるような気がするのだが……
「うーん……思い出せん」
結局は思い出せず、考えることを放棄する。だが一先ずの方針は決まった。父、そして船員たちの死の真相を求めて魔女を探す。そして裏切り者の正体を突き止めるのだ。
「よし!」
「キュイ!」
意気込んで立ち上がったケン。その目の端に奇妙なものが映る。
それは砂浜に刺さった一振りの赤い剣。気になって引き抜いてみると、それは驚くほど軽く、そしてその刃はまるで水面のように波打ち、赤い光を放っている。
その剣の美しさに思わず見入っていたケン。
ギュルルルルル……
その腹が盛大に音を鳴らす。昨夜もほとんどなにも食べてないのだ。空腹で当然。
剣より空腹優先。剣のことはほどほどに食料探しを始める。
ここは無人島。動物はたくさんいる。
ちょうど少し向こうには蛇が這っているのが見える。蛇を食べるのは少し気が引けるが、そんなことを言っている場合ではないのでさっそく狙いを定める。
蛇を殺すために、海岸に転がっていた手頃な石を掴むケン。すると、
バキッ!
「……」
石が粉々に砕け散った。「そんなに強く握ってないのに……」と目を点にするケン。もう一つ手に取ってみる。
バキッ!
また粉々に砕け散る。そこで思い出す。自分がドラゴンスレイヤーになったということを。父が自分を生かすために、その力を譲ってくれたのだということを。
ケンの目元にじんわりと輝く雫がたまる。袖の裾でその涙を拭う。そして自身の手を見つめるケン。
「竜の筋力……なるほど。うかつに物も触れないな」
「キュイ……」
「おい!? そんなに離れなくても!?」
身の危険を感じたのか。先ほどまで擦り寄ってきていたサラがケンから距離を取る。それを見てケンはちょっとしょんぼり。
それはさて置き、その後なんだかんだでケンは蛇を捉えることに成功する。しかしここで問題が一つ。
「生では食いたくない」
どうやって火を起こすか問題。サラはサラマンダーの幼体だから火を吐けるが……それではあまりに脆弱。
そんな考えを見透かされたのか、サラが小さな炎を吐き出す。その炎はケンに向かって飛ぶ。
するとどうだろう。ケンの周囲に虹色に輝くシールドが浮かび上がり、小さな炎を受け止めたではないか。
目を丸くするケンとサラ。龍の力の一つ。『魔法障壁』だ。
そこでケンは閃く。魔法で火を起こせばいいのだ。
さっそく取り掛かるケン。しかし本来、獣人は魔力を持たない種族。そう簡単に上手くはいかない。
しかしそれでも悪戦闘苦闘していると、
「お、お、おぉ?」
身体の内から温かいような冷たいような、どっちともとれる不思議な感覚が湧き上がってきて思わず声を漏らすケン。そのままその流れを体外に放出するイメージで、炎を思い浮かべる。
しかしもう一度言おう。獣人の血を引くケンは魔法とは一切無縁の生活を送ってきた。それが突然、竜の膨大な魔力を受け継ぎさらには雑な扱いをするものだから結果は当然、
ズッッッドォォォォンッッッ!!!!!!
暴発。
この一言に尽きる。
巨大な火柱が上がり、蛇の亡骸が一瞬で灰になる。炎の勢いはそれだけに止まらない。島の木々に燃え移ってあちこちで火の手が上がる。
「あ、あわわわ!? 水! 水!」
「キュイ! キュイ!」
慌てふためくケンとサラ。今度は水を思い浮かべる。イメージは雨。それもとびっきりの豪雨。
次の瞬間、頭上に雨雲…ではなく、空を覆い隠すほど巨大な水塊が出現する。そして、
ドッゴォォォォンッ!!!!
轟音と共に落下する巨大水塊。天災という言葉がぴったりな巨大な水塊は炎を消すだけに留まらず、濁流となって周囲一帯を飲み込んだ。轟々と唸りを上げる濁流に飲み込まれた木々が根こそぎ引き抜かれ、押し流されていく。一方、ケンはというと、
「あぁぁぁぁぁ〜〜〜…ゴプッ」
木々諸共、濁流に飲み込まれて海に向かって流されていく。またしても慌てふためくケン。ケンはカナヅチなのだ。
「だ、だれかぁ~!!!」
「キュイ~!!!」
悲鳴を上げるケン。その頭にしがみついたサラも悲鳴を上げている。
その次の瞬間だった。巨大な影がケンの頭上を通過する。見上げればそこには一匹の白い竜の姿。そしてその竜は、流されているケンに向かって急降下してくるではないか。
「ぎゃああああぁぁぁ!!!」
「キュイイイイィィィ!!!」
今度は別の意味で悲鳴を上げる一人と一匹。ぎゅっと目を瞑るケン。しかし次の瞬間、その身体を浮遊感が包み込む。
薄っすらと目を開けてみれば、なんとケンは竜に掴まれて空を飛んでいるではないか。遥か眼下に荒れ狂う海が見える。
「お、おぉぉ!? な、なんだぁ!?」
「あははは! 大丈夫だったかい?」
「え!? ど、どちら様!?」
狼狽えるケンの頭上から声が掛けられる。一瞬、竜が喋ったのかとギョッとするケンだったが、どうやら違う様子。
ケンからは見えないが、白い竜の背には金髪の女性が乗っていた。その女性が下を覗き込みながら声を張り上げる。
「安心しな! あたいはソフィア・グートニラ! Sランク冒険しゃだよ!」