③ドラゴンスレイヤー
島に着いた日の夜のこと。
停泊した船上では宴会が開かれていた。人、魚人、獣人……センと共に旅をする多種多様な種族の人達。彼らは酒を手に持ち、それぞれが笑顔を浮かべている。
「やったな! この島に来て正解だった!」
「おう! 歴史的大発見だ! これでおれたちの目標に一歩近づいた!」
なにかいいことがあったのだろう。ケンの耳にはそんな大人たちの楽しそうな声が届く。それを聞きながら、ケンは墨汁のように黒々とした夜の海を眺めていた。その肩にはルビー色のトカゲ……サラ。
ボーっと海を眺めるケンの元に、片手に酒を持ったセンが近づいてい来る。それに気が付いてケンが振り返った。
「あ、父さん」
「よう、ケン! そんなとこでどうしたぁ?」
「べつにどうも……って酒くっさ!? 父さん飲みすぎだよ!」
肩を組んできた父から漂う酒の匂いにケンは顔をしかめる。そんなケンの様子にセンは「がっはっは!」と豪快に笑い声を上げた。
「おれはいくら飲んでもいいんだよ! なんてったってドラゴンスレイヤーだからな! いくら酒を飲んでも酔わねぇ! 毒が効かねえからな!」
「ドラゴンスレイヤーって……またそんな嘘ついて。顔が真っ赤だよ」
「ウソじゃねぇよ。これは酒じゃなくて飲み会の雰囲気に酔ってるだけだ!」
父の口癖。「おれはドラゴンスレイヤーだからな!」。
いつものようにそんな戯言を抜かす自身の父親に「やれやれ」と小さな笑みを浮かべるケン。そのまぶたがトロンとして、次第に落ちてくる。その様子に気が付いたコルトがこちらに近づいてきた。
「どうやらケン君はお疲れのようですね」
「ん? おぉ、本当だ! さてはケン、おまえおれの言いつけを守らずに昼間、島に入ったな?」
「えへへ……」
「えへへじゃねぇよ。ったく。しょうがねぇやつだな」
そう言いながらも、いまにも寝そうなケンを見つめるセンの目は優しい。そしてセンと同じような微笑みを浮かべたコルトが、クリーム色の液体が入ったカップをケンに差し出す。
「ケン君、まったく夕飯を食べてないだろう? 寝る前にこれだけでも飲んでおくといいよ」
「うん……」
ありがたくカップを受け取り、中身を飲み干すケン。甘いミルクの風味が口いっぱいに広がり、ケンの頬が自然と緩む。
そのケンの横で鼻を摘むセン。
「てかコルト、なんか臭くねぇか?」
「え!? べつに臭くないですよ!」
「いや、なんかタマモの香水の匂いが……おまえもしかして!?」
「違いますよ! 変な誤解をしないで下さい!」
「ふふん。まあまあ、とりあえずこれでも飲めって! それからゆっくりと聞かせてもらおうじゃないの」
センがコルトをからかうそんなやり取りを子守唄に、ケンは深い眠りにつくのだった。
……それからどれくらい時間が経っただろう。
ケンははっと目を覚ました。周囲を見回すと自分の部屋のベッドの上。どうやら自分が寝てしまったあと、父かコルトが部屋まで運んでくれたようだ。
窓から見える外はまだ暗い。そこでケンはふと違和感を覚える。
ザザーン……ザザーン……
波がさざめく音しか聞こえない。静かすぎる。
いつもなら宴会は夜通し続くはず。こんな静かなのはありえないのだ。
気になったケンは自分の部屋を出ると、甲板へと向かった。ギシギシと鳴る階段を上り、甲板へと続く扉を開く。そしてその先に広がる光景に、ケンは目を見開いた。
そこには倒れて動かなくなった船員たちの姿があった。苦しんだのだろう。全員が喉か胸を抑え、白目を剥いて血反吐を吐いて倒れている。
テーブルに乗った料理やお酒はそのまま。宴会の名残が残る中、そこで動く者はない。その凄惨でアンバランスな光景に、ケンはただ呆然と立ちすくんだ。
はっと我に返る。ケンは父の姿を探した。そして……
見つけた。
船のマストに寄りかかるようにして動かない父の姿。その腹には一本の剣が刺さり、剣先は身体を貫通してマストに突き刺さっている。
「父さん!」
悲鳴を上げて父に駆け寄るケン。その声に反応して、ピクリとセンの指先が動く。ゆっくりと顔を上げるセン。
「よう、ケン……どうしたよ。そんな泣きそうな顔して……」
「だ、だって……父さん……」
「ははは……心配すんな。父さんは強いからな」
そう言っていつものように笑って見せるセン。しかしそれはどう見てもただの強がりで、ケンにもそれは理解できた。ケンの目からはポロポロと涙が零れる。
そんなケンの頭にポンと、大きな手が置かれる。見上げればニッと笑う父の顔。自身の頭に置かれる大きく、温かく、そして優しい手。その大好きな父の手に手を重ねようとして……
「ゴプッ……」
ケンの口から血が零れる。目を見開くセン。
ケンの身体がゆっくりと横に傾き、そして倒れ込んだ。
「ケン! しっかりしろ! ケン!」
目の前で藻掻き苦しむ我が子にセンは手を伸ばす。しかし腹に刺さった剣が邪魔で届かない。
「くっ……そがぁ!」
痛みに歯を食いしばりながら腹の剣を引き抜く。傷口からは血が噴き出すが、そんなものに構ってはいられない。センの目には苦しむ我が子しか映っていない。
「うっ……がっ、あぁぁぁぁぁ!!!」
藻掻き苦しむケンの身体に手を触れる。驚くほど熱い。次々と倒れていった仲間たちと同じ症状。毒でやられたのだ。
喉を掻きむしる我が子の姿を見つめるセン。その目の前でケンの動きはだんだん弱弱しくなっていく。
時間はない。だからセンは瞬時に決断を下した。
腰に差した黒い刀を鞘から引き抜く。その刀をぐったりとしたケンの手に握らせる。今にも消えてしまいそうな虚ろな瞳がセンを見つめた。
「と、う……さん?」
ケンがそう呟いた次の瞬間だった。センはケンの手を動かし、その黒刀で自身の喉を掻き切った。目を見開くケン。悲鳴を上げようとするが、喉が張り付いたように声が出ない。
そんなケンに父が優しく微笑む。口の端から血を流しながら、それでも最後の力を振り絞って口を開く。
「ケン……おまえは生きろ。そしてもし……真実を知りたければ魔女に……会いに……行け」
そう言ってニッといつものように男くさい笑みを浮かべる父。それを最後に、ケンの記憶はプツンと途切れる。
意識を失ったケン。その横でセンは我が子を見つめる。
自身の力……ドラゴンスレイヤーの力は自分を殺したケンに引き継がれる。そして龍に毒は効かない。だからこれでケンは助かる。
そう思ってセンは安堵の表情を浮かべる。そのまま血の水たまりに倒れ込む彼に、小さな影が駆け寄った。センの耳元で小さな鳴き声を上げる赤いトカゲ。
「キュ……キュイ……」
「サラか……ケンのこと、頼んだぞ……」
そんな小さなサラに、センは息子を託す。その言葉に大きく目を見開いたサラ。一拍、その目に強い意志の光を宿して頷いて見せる。
そうしてケンの上にとびのった彼女に、満足そうにセンは微笑みを浮かべた。そして最後の力を振り絞り、魔法を行使する。
風が渦巻き、ケンの身体が浮き上がる。風に乗ったケンの身体はそのままどんどん高度を上げていき、そして滑るように横に動き出す。
裏切り者……仲間に毒を盛り、そしてセンを刺した者の手によって船は陸を離れてしまている。しかしまだ島はかろうじて確認できる。そこにケンを届けるのだ。
夜空の下、遠ざかるケンを見つめながらニッと笑みを浮かべるセン。
「ケン……愛しているぞ」
ズッドォォォォォン!!!
次の瞬間、轟く轟音。船が爆発し、火の手が上がる。その燃え盛る火の海の中、センはニッと笑い、息子の姿を最後までその目に焼き付け続けるのだった。
この日、一人の英雄が世界から姿を消した。しかし同時に、新たな英雄の卵が誕生した日でもあった。
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